遺産分割協議では、「親の面倒を見た相続人」と「親の面倒を見ない相続人」との間でトラブルになることがあります。今回はそれぞれの相続人の相続分の違いや、トラブル発生を避ける方法について解説します。
親の面倒を見なくても法定相続分は同じ
親が亡くなると相続が発生します。このときに発生しがちなのが、親と同居して親の面倒を見ていた子と、家を出ていた子の間の「相続分をめぐるトラブル」です。「自分は親と同居していろいろ面倒をみていたのに、家を出て自由に暮らしていた兄弟と同じ相続分なのは納得できない!」という意見には、たしかにうなずける部分もあるでしょう。
関連記事『親の面倒を見た人は遺産相続で優遇される?寄与分の要件について解説』
相続人には親の面倒を見る義務がある?
そもそも、相続人となる子供には「親の面倒を見る」義務があるのでしょうか?親族同士の義務について規定している民法第877条には、このように書かれています。
1.直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。 2.家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。 3.前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。 |
第1項の「直系血族」とは、親子や祖父母と孫などの関係を指します。基本的に「親子」であれば、法律上の義務として互いに扶養しなければなりません。この義務に違反すると、刑法第218条の「保護責任者遺棄罪」に問われる可能性があります。
老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の懲役に処する。 |
なお、民法第877条にかかれている「扶養」という言葉は、介護を指しているわけではありません。もちろん介護が扶養に含まれることもありますが、他にも生活費や医療費の援助といった金銭的な支援や、病院や介護施設に運んだりヘルパーを呼ぶといった間接的な支援など、幅広い内容を含む言葉です。
また親を扶養する(面倒を見る)義務は、資金力がない人には強制されません。資金力の有無は、具体的には資産の有無や社会的な地位、収入の水準、そして「生活扶助基準額」の基準などによって判断されます。
このように、相続人には親の面倒を見る「義務」があります。義務、つまり「やるべきこと」をしたからといって、それを根拠に有利な扱いを要求できません。ですから親の面倒を見ていたからと言ってより多くの遺産をもらえる(親の面倒を見ない相続人は相続分が少なくなる)と考えるのは間違っています。どちらの相続人も、法律上の相続分は同じです。
面倒を見た相続人には寄与分が認められることも
一方、民法には「寄与分」という制度も用意されています。
民法第904条の2
共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする。 |
ここに書かれている通り、相続人が親の面倒を見ていた場合は財産の一部を「寄与分」として取り分けておき、その相続分に寄与分を上乗せすることができます。
ただし寄与分は簡単には認められません。
①相続人であること(共同相続人のひとりであること)
②事業の手伝いや財産の提供、療養看護などをしていたこと
③被相続人の財産が維持もしくは増加したこと
④特別の寄与をしたこと
という4つの要件を満たした場合のみ、法律上の権利として寄与分を主張の主張が可能です。詳しい内容については『親の面倒を見た人は遺産相続で優遇される?寄与分の要件について解説』もお読みください。
関連記事『遺産相続では介護をしていた人が有利になる?特別寄与料制度についても解説』
親の面倒を見る相続人・見ない相続人のトラブル
親の面倒を見る相続人と見ない相続人の間で起こるトラブルには、さまざまなパターン(シチュエーション)が想定できます。
遺言をめぐるトラブル
被相続人が遺言書で相続分を指定していた場合、相続人ごとに指定される相続財産の内容やその種類がトラブルの種になる可能性があります。たとえば「面倒を見ない相続人が自分と同じ相続分なのは不公平」「親と一緒に住んでいただけで相続分が多いのは不公平」といった不満がぶつかり合い、それが深刻な対立に発展するといった具合です。
遺産分割協議でのトラブル
遺言書がない場合は相続人同士が遺産分割協議で相続分を決めますが、ここでも同様の対立が発生します。遺産分割協議は相続人全員の合意によって成立するため、対立が長引けば相続手続そのものが先に進みません。最悪の場合、家庭裁判所での法廷闘争に発展することもあります。
関連記事『遺産分割調停の内容と活用方法とは?審判・訴訟との違いについても解説』
相続人同士のトラブルを避ける方法
上記のようなトラブルを避けるには、「親の面倒を見た相続人」も「親の面倒を見ない相続人」も納得できるような工夫が必要です。
相続人同士の話し合い
最も基本的な対策は「話し合う」ことです。トラブルの原因は互いのコミュニケーション不足にあることも多いため、まずは相続人同士が話し合い、
- 誰が親の面倒を見るのか
- どのような方法で面倒を見るのか
- 費用はどうやって負担するのか
などを決めておくとよいでしょう。話し合いによって「介護を全員で分担する」「介護と費用負担の役割を分ける」などの結果になれば、互いに不公平感を感じることはないでしょう。
遺言書の内容に配慮する
遺言書を残す場合、遺言者(被相続人)は「どの相続人に・どの財産を相続させるか」をよく考えなくてはなりません。自分の面倒を見てくれた相続人に相続財産を上乗せするにしても、すべての相続人に公平に相続財産を与えるにしても、ただ結論だけを書くのではなく、「なぜそのようにするのか」をていねいに説明する必要があるでしょう。
遺言書には遺言書には自筆証書遺言や公正証書遺言といった種類がありますが、それぞれの遺言書に効力の違いはありません。ただし自宅で保管する自筆証書遺言は「同居する相続人が改ざんするのでは?」という疑いを招くことがあるため、できれば法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用するか、公正証書遺言を利用した方が安全です。
なお「面倒を見てくれた相続人●●にすべての財産を相続させる」といった極端な遺言も有効ですが、相続発生後に他の相続人から遺留分侵害額請求権を主張される可能性があります。なにより、そのような遺言では相続人同士の対立を一層深刻にしてしまうことでしょう。
関連記事:『公正証書遺言は相続人に通知される?遺言者が死亡したらやるべきことについて解説』
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生前贈与をする
面倒を見てくれた相続人に、あらかじめ一部の財産を生前贈与しておくこともできます。年間110万円以下の贈与であれば贈与税も発生しませんし、(金額が比較的少ないため)他の相続人が不満を感じるおそれも少なくなります。
ただし、相続開始(被相続人の死亡)前の1年間に行われた生前贈与は遺留分侵害額請求の対象となるため、贈与のタイミングには注意が必要です。
関連記事:『生前贈与で贈与税申告が必要なケースとは?申告の方法と必要書類についても解説』
生命保険の受取人にする
面倒を見てくれた相続人を「生命保険の受取人に指定する」という方法もあります。そもそも生命保険金(死亡保険金)は相続財産には含まれないため、他の相続人から遺留分を主張される心配はありません。相続トラブルを避けるという意味では非常に効果的な方法といえます。
関連記事:『死亡保険金は遺産相続でどう扱われる?相続税がかかる場合の計算方法も解説』
まとめ
「親の面倒を見るかどうか」という問題は、相続発生後のトラブルにつながりかねません。もし介護を必要とする親がいるなら、相続発生までの役割分担や相続発生後の相続について、あらかじめ親子全員で話し合っておくとよいでしょう。