被相続人が亡くなると相続人はそれぞれの法定相続分に従って遺産相続します。しかし、たとえば兄弟のひとりが親が亡くなるまで介護を続けていたような場合、他の兄弟よりも多くの財産を相続したいと考えることも少なくないでしょう。この記事では相続でしばしば問題となるこのようなケースについて説明していきます。
親の面倒を見た相続人の遺産相続
親が亡くなるまで介護を続けた人は、他の親族よりも亡くなった方に貢献していたといえるでしょう。ただしその「貢献」が遺産相続の場面で考慮されるかどうかは別問題です。実際にこのようなケースでは、遺産分割協議の場でそれぞれの主張がぶつかり合い、相続分をめぐるトラブルに発展することも少なくありません。
似たような問題として挙げられるのが、子の配偶者(嫁や婿)が亡くなった方に献身的な介護をしていたというケースです。嫁や婿は法定相続人に含まれないため、そもそも相続人となることができません。
では亡くなった方に特別な貢献をしていた人たちが、遺産相続の場で正当に評価される方法はあるのでしょうか?
寄与分について
法律(民法)には、上記の問題を解決する制度が設けられています。それが「寄与分」です。
民法第904条の2
共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする。 |
この条文では、特別の「寄与」をした者の相続分に「寄与分」を加ると書かれています。なお、寄与という言葉は貢献と読み替えてかまいません。つまり特別な貢献をした相続人は、相続分に貢献分を上乗せされるということです。
寄与分の要件
条文にある通り、寄与分が認められるには以下の要件を満たす必要があります。
①相続人であること(共同相続人のひとりであること)
②事業の手伝いや財産の提供、療養看護などをしていたこと
③被相続人の財産が維持もしくは増加したこと
④特別の寄与をしたこと
まず①の相続人になるのは、被相続人の配偶者、被相続人の子、直系尊属(親や祖父母)、兄弟姉妹のうち相続の優先順位が上位の人たちです。相続の優先順位については『いとこは遺産相続の対象になる?いとこと相続の関係について解説』をご覧ください。
次に②についてですが、具体的なケースとしては「親の介護」や「祖父母の介護」などが挙げられます。また夫名義の不動産を購入する際に共働きの妻が資金の一部を提供するのも寄与の一種です。
続く③では、寄与によって経済的にプラスの影響(財産の減少を食い止めた、財産が増えたなど)があったかどうかが考慮されます。注意すべきなのは「精神的な影響」は寄与分の対象外になるという点です。
最後に④ですが、特別な寄与とは「家族として当然期待される程度」以上の貢献を意味します。たとえば親と同居する子供が親の分の家事をする程度では特別な寄与とはいえません。
寄与分の主張方法
寄与分を受け取るには、遺産分割協議などの場で寄与分を主張する必要があります。まずは相続人同士が話し合うのが原則ですが、相続人同士の協議で決着しない場合は家庭裁判所に判断を仰ぐこともできます。
寄与分を主張する順序は次の通りです。
①遺産分割協議を行う
↓(話し合いがまとまらない場合)
②家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てる
↓(調停不成立の場合)
③家庭裁判所に審判請求をする
ちなみに②や③の手続きには、かなりの時間と手間がかかります。他の相続人が納得しない中でもあくまで寄与分を主張するなら、それなりの覚悟が必要でしょう。
特別寄与料制度について
上で説明した「寄与分」には、ひとつ大きな問題があります。それは「相続人しか寄与分の対象にならない」ということです。たとえば「子の配偶者(嫁や婿)」「いとこ」といった人たちはそもそも相続人ではないため、「特別な寄与」をしていても寄与分の上乗せができません。
とはいえ現実には「息子の嫁が義父の面倒をみていた」というのはよくある話です。それが原因で相続発生後にトラブルになることも少なくありません。
このような問題に対処するため、2019年の民法改正で新たに導入されたのが「特別寄与料」という制度です。
民法1050条第1項
被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人、相続の放棄をした者及び第891条の規定に該当し又は廃除によってその相続権を失った者を除く。以下この条において「特別寄与者」という。)は、相続の開始後、相続人に対し、特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(以下この条において「特別寄与料」という。)の支払を請求することができる。 |
従来の寄与分との違い
特別寄与料が従来の寄与分と大きく違うのは、対象者が相続人に限定されないということです。寄与分の対象は配偶者、子、直系尊属、兄弟姉妹の範囲内でしたが、特別寄与料は嫁や婿、いとこといった人たちも対象となります。これらの人たちは相続人ではないため、相続分の上乗せではなく「金銭請求」という形で寄与分を主張できます。
特別寄与者の範囲
特別寄与料を請求できる人は「特別寄与者」です。ただ赤の他人まで無制限に特別寄与者になれるわけではありません。条文の中では「被相続人の親族」と指定されています。「親族」の範囲は次の通りです。
民法第725条
次に掲げる者は、親族とする。 1 六親等内の血族 2 配偶者 3 三親等内の姻族 |
このうち配偶者はもともと相続人に含まれるため、従来の寄与分と異なるのは「六親等内の血族」と「三親等内の姻族」の部分になります。ちなみに子の配偶者(嫁や婿)は「1親等の姻族」、いとこは「4親等の血族」なので、どちらも親族の範囲内です。
特別寄与料の請求方法
特別寄与料の請求は相続人に対して行います。ただし相続人ではない親族が遺産分割協議に加わることはないため、あくまで外部から請求するという形です。
相続人が請求に応じない場合は家庭裁判所に申し立てることもできますが、請求の期限は「特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6か月」で、しかも「相続開始の時から1年」で請求の権利は消滅してしまいます。特別寄与料を請求したいのであれば、できる限り早く動くことが重要です。
寄与や特別寄与の主張は難しい
寄与分や特別寄与料は民法に規定された権利ですが、それを実際に主張・請求することは簡単ではありません。
寄与の証明は難しい
寄与分の主張や特別寄与料の請求をするには「証拠」が必要です。たとえば亡くなった方の介護をしていたことは明らかでも、経済的な影響(財産の減少を食い止めた、財産が増えたなど)が証明できなければ寄与分や特別寄与料を算定できません。
一般に介護などは数字として表れにくいものです。相続人に直接主張する場合も、裁判で主張する場合も、まずは「証拠」が必要です。十分な証拠を集められなければ寄与分や特別寄与料は諦めざるをえないでしょう。
遺言書の作成が望ましい
寄与分をめぐってトラブルになると、相続人や関係者全員のその後の関係に深刻な悪影響を及ぼしかねません。これを防ぐ最も効果的な手段は「遺言書の作成」です。「特別な寄与」をした人に財産の一部を与えるという内容の遺言書を作成すれば、そもそも寄与分や特別寄与料を主張する必要はありません。また相続人や親族以外の人に報いることもできます。
まとめ
亡くなった親の介護をしていた人は、寄与分や特別寄与料制度を利用できます。しかしこれらの権利を主張するには「証拠」を用意し、他の相続人を説得しなければなりません。相続人同士や親族間の感情的な対立をできるだけ避けるためにも、遺言書の作成といった生前対策をぜひ検討してみてください。