遺言を作成した後に内容を変更したくなった場合は「遺言の撤回」が可能です。この記事では特に公正証書遺言の撤回方法について、具体的な3つの方法と注意点を説明していきます。
遺言の撤回について
遺言をした後に遺言者の気が変わったり、事情が変わってしまうことは珍しくありません。そのような場合は元の遺言を「撤回」できます。
遺言自由の原則
すべての人は自由意志で「遺言をする」権利を持っています。同じように「遺言の撤回や修正」をしたり、そもそも「遺言をしない」のも自由です。これを「遺言自由の原則」といいます。
特に撤回については、民法第1022条の中で次のように明記されています。
遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。 |
撤回するのは遺言の全部でも、一部分だけでも構いません。遺言者はいつでも、範囲や部分を指定して遺言を撤回できます。
ちなみに遺言には「公正証書遺言」のほか「自筆証書遺言」や「秘密証書遺言」などいくつかの種類がありますが、民法では遺言書の種類によって撤回できるかどうかを区別していません。つまり遺言書の種類に関係なく、撤回は可能です。
遺言撤回の権利は放棄できない
遺言を撤回する権利はたとえ本人でも放棄できません。民法第1026条にはこのように書かれています。
遺言者は、その遺言を撤回する権利を放棄することができない。 |
自分の意思で撤回の権利を放棄する人はあまりいないと思いますが、この規定からも「遺言自由の原則」が絶対の原則であることを理解できるでしょう。
参考『遺言書の撤回は可能?遺言書の種類に応じた手続きと注意点について解説』
公正証書遺言の撤回方法
遺言を撤回する権利はすべての種類の遺言に共通ですが、具体的な撤回方法は遺言の種類によって多少異なります。ここでは公正証書遺言の3つの撤回方法について紹介していきましょう。
①公証役場で撤回する
そもそも公正証書遺言とは、公証人が公証役場で作成し、公証役場で保管される遺言です。このため遺言の撤回も原則として公証役場で行います。撤回は「全部撤回」と「一部撤回」のどちらも可能です。
- 全部撤回する場合
公証人に遺言の全部を撤回する旨を申述し、「遺言者は、令和○○年○月○日、○○法務局所属公証人○○作成の令和○○年○○号の公正証書遺言を全部撤回する。」と記載した公正証書遺言を作成してもらいます。
- 一部撤回する場合
公証人に遺言の一部を撤回する旨をとその内容を申述し、「遺言者は、令和○○年○月○日、○○法務局所属公証人○○作成の令和○○年○○号の公正証書遺言中、第○条の『遺言者は、○○を○○に相続させる』とする部分を撤回し、『遺言者は、○○をxxに相続させる』と改める。その他の部分は、すべて上記公正証書遺言記載のとおりとする。」記載した公正証書遺言を作成してもらいます。
なお、全部撤回の場合も一部撤回の場合も、公正証書遺言の新規作成時と同じように「2名の証人」が必要です。公証人手数料は11,000円です。
②遺言を新規作成する
新たな遺言書を作成することで、以前の遺言書を撤回することもできます。その際は「前の遺言書を撤回する」という一文を入れてもよいですが、入れなくても日付が一番新しい遺言書の内容が優先されます。
ちなみに新しく作成する遺言はどの種類でも構いません(遺言の種類に効力の優劣はありません)。自筆証書遺言や秘密証書遺言を新規作成することで公正証書遺言を撤回することも可能です。
新しい遺言も公正証書で作る場合は、公証人にその旨を伝えて「遺言者は、令和○○年○月○日、○○法務局所属公証人○○作成の令和○○年○○号の公正証書遺言を撤回し、あらためて以下のとおり遺言をする。」という一文を加えてもらうとよいでしょう(なくても効果は変わりませんが、万一自宅から古い公正証書遺言の正本や謄本が出てきても混乱を避けられます)。
ただし公正証書遺言を新たに作り直す場合、証人2名を用意するのはもちろん、費用も新規作成と同じ金額になります(詳しい金額については『公正証書とはどのようなもの?相続手続との関係について詳しく解説』をご覧ください)。
③抵触行為を行う
抵触行為とは遺言の内容と矛盾する行動です。たとえば「妻に自動車を遺贈する」という遺言をしたのに、相続発生前に自動車を廃車にしたり売却した場合などがこれに相当します。
このような抵触行為は、民法第1024条(特に後段)の規定により「遺言の撤回」とみなされます。
遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、同様とする。 |
公正証書を撤回する際の注意点
遺言の撤回は自由に行なえますが、いくつか注意すべき点もあります。
部分的な撤回はリスクが高い
上で「全部撤回」と「一部撤回」のどちらも可能と書きましたが、一部撤回はリスクが高いためあまりお勧めできません。
というのも一部撤回の場合、遺言書が「古い公正証書遺言(の撤回対象以外)」と「新しい公正証書遺言」の2通に分散してしまい、取り扱いが面倒になるためです。万一新しい公正証書遺言の存在を見落としてしまえば、そのまま古い公正証書遺言のすべてが執行されてしまうこともあり得ます。
このため実務上は、一部だけ撤回したい場合でも全部撤回して、新しい公正証書遺言を作り直すことが一般的です。
破棄による撤回はできない
先ほど引用した民法第1024条の前段には『遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。』と書かれていました。つまり遺言書を本人が破り捨てるなどして破棄すれば撤回とみなされるのですが、これは自筆証書遺言などの場合です。
公正証書遺言は原本が公証役場に保管されているため、自宅にある正本や謄本を破り捨てても意味がありません。また公証役場に遺言書の破棄を依頼することも不可能です(受け付けてもらえません)。
ちなみに公正証書遺言の保存期間は「20年間」とされていますが、実際には遺言者が120歳前後になるまで保存されます。
撤回の撤回はできない
公証役場で公正証書遺言の全部撤回や一部撤回の遺言書を作った場合、その「撤回する」という部分を撤回することはできません。言い換えると、いったん撤回した遺言の文言を復活させることはできません。
民法第1025条
前三条の規定により撤回された遺言は、その撤回の行為が、撤回され、取り消され、又は効力を生じなくなるに至ったときであっても、その効力を回復しない。ただし、その行為が錯誤、詐欺又は強迫による場合は、この限りでない。 |
どうしても元の遺言内容を復活させたいなら、あらためて以前と同じ内容の「新しい遺言書」を作る必要があります。
要件に不備があると撤回は無効
公証役場で公正証書遺言を撤回するには、公正証書遺言を新規作成する場合と同じ「要件」が必要です。公正証書遺言は作成時に公証人のチェックが入るため法律的な不備はあまり心配ありませんが、以下の2点には注意する必要があります。
『遺言能力があるかどうか』
遺言能力とは遺言の内容や影響の範囲を理解できる能力のことです。重度の認知症を発症している人や、知的障害・精神障害の程度が重い場合、遺言能力が認められず遺言が無効になることもあります。
特に認知症などを患っている人が遺言を撤回する場合、新規作成時には問題なくても撤回時には病状が進行して(遺言能力を失って)いるケースもゼロではありません。遺言能力は医師にしか判断できないことが多く、公証人が気付かないまま公正証書遺言を作成してしまう可能性もあります。もし少しでも不安があれば、念のため医師の診断を受けておくとよいでしょう。
『証人の欠格要件』
公正証書遺言の作成時には2名の証人が必要ですが、以下の欠格要件に当てはまる人は証人になることができません。
- 未成年者
- 推定相続人、受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族
- 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人
万一欠格事由に該当する人が証人になっていた場合、その公正証書遺言は無効になります。証人を依頼する際は慎重に選ぶようにしましょう。
関連記事『公正証書遺言があっても相続はもめる?もめないための遺言書作成方法とは』
まとめ
公正証書遺言はだれでも自由に行なえます。撤回方法にはいくつかの種類と決まりがあるため、どの方法で撤回するか、しっかり考えてから行動するようにしましょう。公正証書遺言の撤回方法について疑問や不安がある場合は、ぜひ行政書士などの専門家に相談してみてください。