遺言書を作成する時期に特別な決まりはありません。このため年齢を重ねた方はもちろん、若く健康なうちから遺言書を作成する人も少なくありません。では一度作成した遺言書を撤回して、後から書き直すことは可能でしょうか?この記事では遺言書の種類に応じた撤回方法について解説していきます。
遺言書は撤回できる
結論から先に言うと、遺言書の撤回は可能です。民法第1022条にはこのように規定されています。
遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。 |
ここに書かれている通り、遺言者はいつでも遺言を撤回できますし、撤回する範囲や部分を指定することもできます。このような遺言書の撤回を含め、遺言者が遺言書を自由に作成・変更できることを「遺言自由の原則」といいます。
なお遺言書にはいくつかの種類がありますが、民法には「撤回できる遺言書」と「撤回できない遺言書」の区別を設けていません。つまり遺言書の種類に関係なく撤回は可能ということです。
遺言書の撤回方法
遺言書は自由に撤回できますが、民法第1022条の中に「遺言の方式に従って」とある通り、撤回の方法については多少の条件があります。ここではまず基本となる遺言書の撤回方法について説明したうえで、普通方式遺言の3つの形式(自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言)ごとの撤回方法を紹介します。
基本的な撤回方法
すべての遺言書に共通する基本的な撤回方法は「新たな遺言書で古い遺言書の全部を撤回する」ことです。どのような表現で撤回するかは特に指定されていないため、たとえば自筆遺言書なら「○○年○月○日に作成した自筆証書遺言書を全て撤回する」とすれば十分でしょう。
この際、撤回対象となる古い遺言書と、新しく作る遺言書の形式が違っていても問題ありません。自筆証書遺言を公正証書遺言で撤回する、自筆証書遺言を秘密証書遺言で撤回するといったことも可能です。遺言の形式に優劣はありません。
部分的な撤回をする場合
遺言書のすべてではなく、その中の一部分だけを撤回する方法はいくつかあります。たとえばごく軽微な変更であれば二重線と修正文言、および捺印で部分的に撤回できますし、ある程度大掛かりな撤回であれば新しい遺言書に古い遺言書の撤回部分を明示し、あらためて(効力を残したい部分の)遺言をやり直すことができます。
自筆証書遺言を撤回する
自筆証書遺言であれば、単純に「手元にある遺言書を破棄する」だけで撤回が可能です。中途半端な破棄ではトラブルの原因になりかねないため、シュレッダーで粉砕したり、燃やしてしまうなどして完全に消滅させてしまうと安心でしょう。
なお2020年から始まった「自筆証書遺言書保管制度」を利用しているケースについては、後であらためて説明します。
公正証書遺言を撤回する
公正証書遺言は原本が公証役場に保管されるため、遺言者の手元にある正本と副本を破棄しても撤回にはなりません。また公証役場に遺言書の破棄を依頼することも不可能です(たとえ本人からの依頼でも受け付けられません)。
公正証書遺言を確実に撤回するには、新たな遺言書で古い遺言書を撤回するか、公証役場で「撤回の申述」を行います。
撤回の申述をする場合は、印鑑登録証明書(発行から3か月以内のもの)と実印を持って公証役場に行き、公証人と2名の証人の前で「公正証書を無かったことにする」と述べます。その後署名捺印すれば撤回手続の完了です。
公正証書遺言では公証役場に保管されている古い遺言書(原本)もそのまま保管され続けますが、念の為遺言者が保管する正本と副本は破棄しておいた方が良いでしょう。
秘密証書遺言を撤回する
秘密証書遺言とは公証役場で封印する自筆の遺言書です。公証人は内容の作成に関わりませんし、保管も遺言者が自分で行います。このため遺言を破棄する場合は自筆証書遺言と同じように「手元にある遺言書を破棄する」だけでOKです。
なお秘密証書遺言は封印を破る(開封する)ことができないので、二重線と修正文言による部分的な撤回はできません。
遺言書の撤回とみなされるケース
遺言書を「撤回する」と明記しなくても、一定の条件に当てはまる場合は遺言者が遺言を撤回したとみなされます。この「みなし撤回」が発生するのは以下のようなケースです。
複数の遺言をした場合
遺言者が何通もの遺言書を書いている場合、それぞれに「前の遺言書を撤回する」という文言がなくても、日付が一番新しい遺言書の内容が優先されます。これについて、民法第1023条 第1項ではこのように規定されています。
前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。 |
もし最新の遺言書と前の遺言書の内容に矛盾があれば、その矛盾の範囲で古い遺言書が撤回されたとみなされます。
財産を処分した場合
遺言者が遺言の内容と矛盾する財産処分を行った場合もみなし撤回の対象です。上で引用した民法第1023条第1項の続き(第2項)にはこのように書かれています。
前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。 |
たとえば「自動車を息子に相続させる」と遺言した後に自動車を売却すれば、その部分について遺言を撤回したとみなされます。売却に限らず、廃棄や破壊した場合も同じです。
遺言書を故意に破棄した場合
自筆証書遺言と秘密証書遺言のところでも説明しましたが、手元にある遺言書を破棄すれば遺言の撤回とみなされます。民法第1024条に書かれている通りです。
遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、同様とする。 |
ただしこの方法は公正証書遺言では使えないことに注意してください。
保管の申請の撤回について
自筆証書遺言は「自筆証書遺言書保管制度」を利用できます。これは国が遺言書を預かる制度で、遺言者は手数料(3,900円)を支払って法務局(特定遺言書保管所)に保管の申請をします。
この制度を利用している自筆証書遺言を撤回する場合、「保管の撤回」をして遺言書の返却を受けた上で、その遺言書を破棄するのが確実です(保管制度を利用したまま新しい遺言書を作成することもできますが、紛らわしい=トラブルの原因になるためおすすめできません)。
保管の撤回をするには、遺言者本人が法務局に出頭して「撤回書」を提出します。その際、身分を証明する書類を提示します。なお撤回する際の手数料は必要ありません。
遺言書を撤回する際の注意点
ここまで説明してきた通り、遺言の撤回はそれほど難しい手続きではありません。しかしいくつかの注意点があります。
撤回の撤回はできない
まず以前の遺言書を撤回した遺言について、その「撤回部分を撤回する」ことはできません。具体的には、新しい遺言書の中にある「○○年○月○日に作成した自筆証書遺言書を全て撤回する」という文言の撤回によって「以前の遺言書を復活させる」ことはできません。
民法第1025条にはこのように書かれています。
前三条の規定により撤回された遺言は、その撤回の行為が、撤回され、取り消され、又は効力を生じなくなるに至ったときであっても、その効力を回復しない。ただし、その行為が錯誤、詐欺又は強迫による場合は、この限りでない。 |
もし遺言の撤回を撤回したいのなら、あらためて以前と同じ内容の「新しい遺言書」を作る必要があります。ただし例外的に、錯誤・詐欺・脅迫による撤回は撤回することが可能です。
遺言撤回の権利は放棄できない
遺言者は「遺言の撤回ができないように撤回の権利を放棄する」ことはできません。民法第1026条にはこのように規定されています。
遺言者は、その遺言を撤回する権利を放棄することができない。 |
遺言の撤回は「遺言自由の原則」に基づく権利です。他の誰かに強制される場合はもちろん、たとえ本人の意思であっても撤回はできないのです。
要件に不備があると撤回が無効になる
遺言書は法律(民法)で定めた形式に従って作られなければなりません。もし遺言の撤回のために新しく作った遺言書が「形式的要件」を満たしていなければ、そもそも新しい遺言書は無効です。この場合、撤回の効果は発生しません。
新しい遺言書を作る場合は、法律上の要件をきちんと満たしているか十分に注意する必要があります。この点、公正証書遺言は公証人が遺言の形式を確認してくれるため、不備によって無効になることはほぼありません。安全を期するなら、できるだけ公正証書遺言を利用することをおすすめします。
まとめ
遺言は本人の自由意志に基づいて。いつでも、何度でも撤回できます。しかし遺言を撤回するには一定の形式を満たさなくてはなりません。すでに作成した遺言書の撤回や変更を検討しているなら、ぜひこの記事を参考にしながら「確実な遺言の撤回」を目指してください。