亡くなった方が生前だれかにお金を貸していた場合、その「貸付金」も原則として相続税の対象となります。しかし貸付金の中には回収が難しいものも少なくありません。この記事ではこうした相続財産の取り扱い方法について解説していきます。
貸付金(貸したお金)は遺産相続の対象
人に貸したお金、つまり貸付金はその人の「財産」です。家族や友人、知人に貸しているお金、自分が経営する会社への貸付金などは、貸主の手元を一時的に離れているものの、貸主自身のお金に違いありません。ですからもしお金の貸主が亡くなれば、その人が貸していたお金も相続財産の一部として相続人に引き継がれます。
とはいえ貸付金の相続はトラブルの種といえます。
相続財産の一部ということは相続税の課税対象になることを意味しますが、仮に高額の相続税を支払った場合、肝心の貸付金を回収できなければ大損をしてしまうからです。
では回収困難な貸付金を相続することになったら、相続人はどのように対応すればよいのでしょうか?「親族や知人への貸付金」と「会社への貸付金(社長貸付金)」とで、取り扱いの仕方に違いはあるのでしょうか?
親族・知人への貸付金
親族や友人、知人などに頼まれてお金を貸す場合、もしお金を貸している人が亡くなったら貸付金は相続財産の一部となり、相続税の課税対象となります。
ちなみに相続税の申告は「被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内」です。もし貸付金の返済期限がそれより後に設定されているなら、返済よりも先に(そのぶんの)相続税を納めることになります。
もちろん、その後無事に貸付金を回収できるなら何の問題もありません。しかし親族同士や友人同士のお金の貸し借りでは「借用書」や「契約書」を作成しないことも珍しくないでしょう。このように口約束の貸付金は物的証拠が残らないため、当事者の一方(もしくは両方)が亡くなってしまうと回収が非常に困難です。最悪の場合、相続税だけ「払い損」になってしまう可能性もあります。
生前対策でトラブルを避ける
こうしたトラブルを避けるために、以下のような生前対策を行うとよいでしょう。
①早めに返済してもらう
まずは根本的な対策として「貸付金を残さない」ことが挙げられます。相続財産の中に貸付金が存在しなければ、そもそもトラブルは起こりようがありません。とはいえ相続発生のタイミング、つまり亡くなるタイミングは(余命宣告でもされていない限り)誰にもわからないため、この方法で確実にトラブルを避けるのは難しいでしょう。
ただ少なくとも返済期間を短くしたり、早めに返済してもらうようお願いすることで、貸付金を相続財産に含めないよう努めることはできます。
②金銭消費貸借契約書を作成する
貸付金について書面を作ることは非常に重要です。口約束だけでお金を貸してしまうと、相続後はもちろん当事者同士が生きている間でさえトラブルになる危険があります。
書面を作成する際は、貸付額・貸付日・返済期間・返済方法などを明記した「金銭消費貸借契約書」を「公正証書」で作るとよいでしょう公正証書なら紛失の心配はありませんし、貸付条件が細かく書かれていれば万一裁判になった場合も有力な証拠になります。また強制執行の条項を入れておけば、裁判をせずに財産の差し押さえを要求することも可能です。
貸付金を相続してしまったら
もし相続人が貸付金を相続してしまったら、(返済期間に関係なく)他の相続財産と一緒に相続税申告に向けた財産評価を行います。貸付金の場合は「返済されるべき金額」と「課税の時点で発生している利息分の金額」です。
ただし貸付金の回収が不可能に近い場合は、特例として貸付金の全部または一部を「相続財産として評価しなくてもよい」こととなっています。具体的には次のようなケースです。
・借主が破産手続きを開始した場合
・債権者集会の協議で債権の切り捨てがあった場合
・裁判等によって回収が不可能又は著しく困難であると認められた場合
実際にどのようなケースで「回収が不可能(著しく困難)」と認められるかはケースバイケースです。このような場面に遭遇してしまったら、専門家に相談して対応するのがベターでしょう。
経営する会社への貸付金
被相続者が会社を経営していた場合、相続財産の中に会社への貸付金(いわゆる「社長貸付金」)が含まれている可能性もあります。当然ながら、社長貸付金も相続税の課税対象です。
会社への貸付金は個人への貸付金よりも回収しやすいだろうと考える人もいますが、話はそんなに簡単ではありません。社長貸付金というのは、ほとんどの場合「社長の個人財産をつぎ込まないと会社を維持できない」ほど追い詰められているときに行われます。つまり社長貸付金は、個人への貸付金と同等以上に回収が難しい相続財産です。
また貸付金とは少し違いますが、被相続人が会社の株主だった場合は株式も相続財産となり、相続税の課税対象となります。
社長貸付金の生前対策
社長貸付金の相続をめぐるトラブルを回避するには、次のいずれかが効果的です。
①会社に対する債権を放棄する
債権放棄をすれば、会社への債権を帳消しにできます。具体的には会社に対して「債権放棄通知書」を送付し、会社側がそれに基づく会計処理をすることで手続きは完了です。なお会社が債務を免除されると、その分が「債務免除益」として法人税の対象になります。
②会社を解散・精算する
債務を抱えた会社そのものを解散して、すべての債権と債務を精算してしまうこともできます。債務免除をしたうえで精算をするなら「期限切れ欠損金の特例」として法人税は課税されません。
③生前贈与を行う
社長貸付金を相続人などに生前贈与しておけば、貸付金が相続税の課税対象になるのを防ぐことができます。この際、1人につき1年あたりの贈与額を110万円以内(基礎控除額)に納めておけば贈与税も発生しません。
④債務と株式に交換する
債務との交換で株式を発行するDESという手段もあります。貸付金は相続税の計算で金額通りに評価されますが、株式は財務状況に応じた評価です。貸付金を回収できないほど業績が悪化した会社なら、相続税の負担を大きく減らすことも可能でしょう。
社長貸付金を相続したら
社長貸付金を相続してしまった場合の扱いは、親族などへの貸付金と同じです。つまり原則として被相続人が死亡した時点の貸付金額と、未回収の利息分の金額が相続税の対象となります。
一方で社長貸付金の回収が不可能、もしくは著しく困難と判断される場合は「相続税として評価しなくてよい」というのも、先ほど説明した貸付金のケースと同じです。ただし単に債務超過であるというだけでは不足で、実際に以下のような状況が発生している必要があります(国税庁WEBサイト『第3節 定期金に関する権利|国税庁』より)。
- 手形交換所などにおいて取引停止処分を受けたとき
- 会社更生法の規定による更生手続開始の決定があったとき
- 民事再生法の規定による再生手続開始の決定があったとき
- 会社法の規定による特別清算開始の命令があったとき
- 破産法の規定による破産手続開始の決定があったとき
- 業況不振のため又はその営む事業について重大な損失を受けたため、その事業を廃止し又は6か月以上休業しているとき
なお会社がどのような状況にあるかを判断する際は、できるだけ専門家の判断やアドバイスを受けるようにしてください。
まとめ
個人への貸付金も社長貸付金も、取り扱いが非常に難しい相続財産です。理想は被相続人の生前対策によって貸付金を解消しておくことですが、もし貸付金が残ったまま相続が発生してしまったなら、相続人はできるだけ速やかに専門家に相談して必要なアドバイスを受けるようにしましょう。