亡くなった方のお墓を管理する「墓守」を誰が引き受けるかは、相続人同士の間でしばしばトラブルの原因となります。この記事では墓守の決め方や遺産分割での取り扱いを中心に説明していきます。
墓守(祭祀継承者)と遺産相続の関係
墓守とはその名の通り「墓を守る」、つまりお墓を管理する人のことです。日本では多くの地方で先祖代々の墓が守られてきましたが、少子高齢化や核家族化、大都市への人口集中(移住)と地方の人口減少など、さまざまな理由により墓守をする人は減ってきています。
このため特に田舎に住む人が亡くなった場合などは、墓守を誰が受け継ぐかで相続人同士がトラブルになることが少なくありません。ひとたび墓守を引き受ける相続人が決まっても、今度は墓守の費用負担をめぐり遺産分割協議が揉めることもあります。
祭祀財産について
墓守は民法の中で「祭祀継承者」と呼ばれています。これは祭祀財産を継承する者という意味で、お墓(墳墓)も祭祀財産の一部です。祭祀財産には他にも、系譜(家系図など)や祭具(位牌や仏壇、神棚など)が含まれます。
墓守の役目
冒頭で「墓守はお墓を管理する人」と説明しましたが、厳密には墓守には法律で決められた義務や権利のようなものはありません。あくまで地域や家族の習慣として、定期的なお墓参りや法事などの行事を執り行うということです。
かなり古い判例になりますが、昭和28年9月4日の東京高裁でも「相続人は、祖先の祭祀をいとなむ法律上の義務を負うものではなく、共同相続人のうちに祖先の祭祀を主宰するものがある場合他の相続人がこれに協力すべき法律上の義務を負うものでもない。」と指摘しています。
このため墓守になった人が一切の祭祀を行わなくても、あるいはお墓や仏壇を親族への相談なしで処分したとしても、法律上は処罰されません。
墓守を拒否する制度はない
一方で、墓守になることそのものを拒否する制度というものも存在しません。たとえば被相続人の財産を相続したくない場合は「相続放棄」という制度を利用できますが、祭祀継承と遺産相続はまったく別のものです。遺産相続は放棄できても、祭祀継承は(少なくとも法律上は)放棄できません。
ちなみに祭祀財産(系譜・祭具・墳墓)は相続財産に含まれないため、遺産分割協議の対象にならないとされています。もちろん祭祀財産を継承しても相続税は課税されません。余談になりますが、相続税を節税するための生前対策としてお墓を買う人もいます。
参考:国税庁WEBサイト『No.4108 相続税がかからない財産|国税庁』
墓守(祭祀継承者)の決め方
明治憲法のころは「戸主(家の代表)」が祭祀財産を管理するものとされていました。しかし戦後の日本国憲法の下では家族に関する制度も変わっています。では、現代の墓守はどのようにして決められるのでしょうか?
民法の規定
家制度が廃止された現代、墓守は民法の規定によって決定されます。
民法第897条第1項
系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。 |
同第2項
前項本文の場合において慣習が明らかでないときは、同項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所が定める。 |
見ての通り、民法第897条は「選び方の基準と優先順位」を示しているにすぎません。具体的には、
優先順位1位:被相続人が指定する
優先順位2位:慣習に従って決める
優先順位3位:家庭裁判所が指定する
となります。
被相続人の指定
被相続人の指定は、口頭や書面(遺言書)などで行われるのが一般的です。被相続人が墓守になる人をあらかじめ周知していた場合、もしくは遺言書で指定していた場合は、その意思が優先されます。
墓守は家族の中から選ぶのが自然です。ただし墓守の要件が法律によって決められているわけではないので、親族以外の人を指定することもできます。
慣習
次に優先されるのが慣習です。慣習とは古くから受け継がれている伝統的なならわしのことで、地域によって異なることもあります。一般には戦前の家制度にならって、まずは「長男」、次に「配偶者」、そして「存命の親」や「兄弟姉妹」、「その他の親族」という順番で墓守を受け継いでいるようです。
もっとも現代では多くの地域で慣習が廃れつつあり、この方法で墓守を決めることができないケースも少なくありません。
裁判所の指定
慣習で決められない場合は、家庭裁判所が墓守を指定します。具体的には、家族などの利害関係者が「祭祀承継者指定の調停(審判)」を申し立てて、裁判官の判断を仰ぐという手順です。
ただし申し立てる人の資格や申し立ての順序(調停が先で審判が後、など)についての決まりはありません。また墓守を決める具体的な基準についても規定はないため、あくまでさまざまな事情や関係者の意見を総合的に判断することになります。
話し合い
民法の規定は以上ですが、実は必ずしもこの通りにやらないといけないわけではありません。むしろ現実には、遺言でも慣習でも裁判所でもなく「相続人同士の話し合い」で墓守を決めることが多いようです。
たとえば遺産相続協議と合わせて、誰がどのような条件で墓守を引き受けるかを話し合うといった具合です。もちろん被相続人が元気なうちに家族や親族一同で話し合って決めることもできますし、それが一番トラブルの少ない方法といえるでしょう。
遺産分割で墓守料は上乗せできる?
墓守を引き受ける人が決まっても、まだ「どのように費用を負担するか」という重要な問題が残っています。当然ですが、お墓の管理には手間とお金と時間が必要です。それをすべて墓守が負担するのか、それとも墓守の負担分として相続財産の一部を要求できるのかは、多くの相続人にとって共通の疑問となっています。
法律上の権利ではない
まず遺産分割で墓守の費用(墓守料)の上乗せを要求できるかどうかですが、法律上はそのような権利は存在しません。繰り返しになりますが、遺産相続と祭祀継承はまったく別のものです。
自分から進んで墓守を引き受けたにせよ、周りから押し付けられて仕方なく引き受けたにせよ、そのことで相続上の何らかの権利を主張する権利や資格は(法律的には)ありません。
話し合いによる上乗せは可能
とはいえ、相続人同士の話し合いで相続分を上乗せすることは可能です。遺産分割協議では相続人全員の合意で相続する財産や相続分を自由に決められます。墓守になった相続人を優遇したからといって法律上の問題になることはありません。
ただし相続分の上乗せや墓守料の分担が法的な義務でないことに変わりはないため、もし遺産分割協議がこじれて裁判になっても「墓守を引き受けたのだから」という主張は考慮されないことに注意してください。
墓守がいない場合お墓はどうなる?
墓守になる人がいなければ、お墓の管理費も支払われなくなってしまうでしょう。このようなお墓は区画の使用権が消滅して無縁墓となり、やがて永代供養墓に合祀されることになります。
まとめ
墓守は遺産相続とはまったく別物ですが、被相続人や相続人一同にとって重要な関心事であることに変わりはありません。墓守をめぐって相続人同士のトラブルになることがないよう、できるだけ早い段階から話し合うなどの準備をしておくことをお勧めします。