農地の遺産相続をする際の手続きとは?相続を望まない場合についても解説

農業を営んでいる方が亡くなった場合、相続人は農地を相続することがあります。しかし農地は他の不動産と違い、農業委員会でのさまざまな手続きを必要とする特殊な不動産です。この記事では農地を相続した場合の手続きの流れや相続税のルール、相続放棄する場合の注意点などについて説明していきます。

 

農地の遺産相続について

農地は「農地法」という法律によって取得や転用が規制される特殊な不動産です。特別な扱いをする理由について農地法第1条では、

  • 農地が国内の農業生産の基盤であること
  • 国民のための限られた資源であること
  • 地域にとっても重要な資源であること

と説明しています。基本的には「食料の安定供給の確保」のために農地を農地として利用するのが大原則で、他の用途に転用したり、農業を営まない人に売却することは非常に難しいといえるでしょう。このためサラリーマンなど農業を営まない人が農地を相続人する場合、取り扱い(活用方法)に十分注意しなければなりません。

 

農業委員会に届出が必要

農地を相続すると、通常の名義変更(相続登記)に加えて「農業委員会」への届出が必要です。農業委員会とは、農地の売買や貸借の許可、農地管理についての相談や支援を行う組織で、原則として市町村ごとに設置されています。

届出に必要なのは「農地法の規定による届出書」と「相続登記後の登記事項証明書」です。届出期間は「相続を知ったときから10か月以内」で、期間内に届出を行わなかったときや虚偽の届出を行った場合は、10万円以下の過料が科されることもあります。

ちなみに「登記事項証明書」は法務局で取得しますが、それにはまず相続登記をしなければなりません。現在のところ相続登記に申請期限はありませんが(※)、農業委員会への届出には期限があるため、結果として農地を相続した人は相続登記も10か月以内に行う必要があります。

※2021年4月28日に「民法等の一部を改正する法律」が交付され、3年以内(2023年4月28日まで)に申請期限(取得を知った日から3年以内)を設けることになりました。期間内に申請しない場合はペナルティとして10万円以下の過料を科される可能性があります。

関連記事:『遺産相続の時効とは?権利や手続きの時効について解説

 

転用が難しい

農地の取り扱いが難しい一番の理由は、転用が厳しく制限されていることです。

日本では、原則としてすべての土地に「地目(土地の主な用途)」が設定されています。たとえば地目が「田」や「畑」といった農地なら農業用途にしか使えませんし、住宅を建てられるのは「宅地」だけです(地目は全部で23種類あります)。

一部の土地では、現在の地目を別の地目に変更することができます。農業をしない人が農地を相続した場合でも、地目を宅地に変えれば、家を建てたり住宅地として売却することができるのです。これが「農地転用」です。

しかし農地転用には都道府県知事や市町村長の許可が必要で、許可基準も厳しいうえ、中にはそもそも許可が下りない種類の農地もあります。

  • 農用地区域内の農地→不許可(転用禁止)
  • 第1種農地(集団農地 ・土地改良事業対象農地など)→原則不許可
  • 第2種農地(土地改良事業の対象となっていない農地など)→周辺に第3種農地がなければ許可
  • 第3種農地(市街地にある農地など)→原則許可
  • 市街化区域の農地→届出制(許可不要)

なお上記の立地基準では転用許可となる場合も、「目的どおり確実に土地が使用されると認められる」「周辺農地の営農条件に影響を与えるおそれがない」などの要件を考慮したうえで、総合的に判断されます。

 

農地にかかる相続税

農地も他の相続財産と同じく「相続税」が課税されます。ただし農地の評価方法(課税基準となる評価額の決め方)は少し特殊です。

 

農地の評価方法

農地は農地区分に応じて評価されます。この区分は転用の基準となる区分(第1種農地など)とは別のもので、「純農地」「中間農地」「市街地周辺農地」「市街地農地」の4種類です。

①純農地
宅地の影響を受けない農地のことで、農用地区域内にある農地や第1種農地、甲種農地などが該当します。純農地の評価方法は、固定資産税額に一定の割合を掛けて算出される「評価倍率方式」です
(評価倍率については国税庁WEBサイト『路線価図・評価倍率表』を参考にしてください)。

②中間農地
第2種農地や、それに準ずる農地のことです。中間農地も純農地と同じく「評価倍率方式」で評価を行います。

③市街地周辺農地
第3種農地や、それに準ずる農地のことです。市街地周辺農地の評価方法は「市街地農地の評価額×80%」です。

④市街地農地
転用の許可を受けた農地、市街化区域内にある農地、転用許可を要しない農地として都道府県知事の指定を受けた農地などです。市街地農地の評価は原則として「宅地批准方式」で行われます。宅地批准方式とは、「対象の農地が宅地であった場合の評価額−造成費に相当する金額」です。なお市街化区域にある市街地農地については「評価倍率方式」で評価することもできます。

 

納税猶予の特例

農地の相続には「農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例」という制度が設けられています。この制度が適用された場合、相続人は当面のあいだ一定額以上の相続税を支払う必要がありません。また相続人が亡くなった場合や農地を後継者に一括贈与した場合、相続人が20年間農業を継続(※)したときは相続税がそのまま免除されます。※東京都特別区、首都圏・近畿圏・中部圏にある政令指定都市などを除きます。

 

適用要件

納税猶予の特例を利用するには、「被相続人の要件」「農業相続人の要件」「特例農地等の要件」をそれぞれ満たさなければなりません。

まず被相続人の要件として挙げられるのは以下の通りです。

  • 死亡の日まで農業を営んでいた人
  • 農地を生前一括贈与した人
  • 死亡の日まで営農困難時貸付けを行っていた人
  • 死亡の日まで特定貸付けを行っていた人

ちなみに「営農困難時貸付け」とは納税猶予の特例を受けていた人が障害などを理由に営農できない場合に農地を貸し付けること、「特定貸付け」は農業経営基盤強化促進法に定める一定の事業のために農地を貸し付けることを指しています。

次に、農業相続人の要件は以下の通りです。

  • 相続税の申告期限までに農業経営を開始し、その後も継続して農業経営を行う人
  • 贈与税納税猶予制度の適用を受けており、特例付加年金や経営移譲年金の支給を受けるため後継者への農地貸し付けを行った人
  • 贈与税納税猶予制度の適用を受けており、営農困難時貸付けを行った人
  • 相続税の申告期限までに特定貸付けを行った人

このうち「贈与税納税猶予制度」とは、一定の条件で後継者に農地を一括贈与した場合に後継者に贈与税の納税が猶予され、贈与者か受贈者のいずれかが死亡すると贈与税が免除される制度です。

さらに、特例農地等の要件は以下の通りです。

  • 被相続人が農業を営んでおり、相続税の申告期限までに遺産分割された農地
  • 被相続人が特定貸付けを行っており、相続税の申告期限までに遺産分割された農地
  • 被相続者が営農困難時貸付けを行っており、相続税の申告期限までに遺産分割された農地
  • 被相続人から生前一括贈与され、被相続人の死亡まで贈与税の猶予や納期限の延長の特例が適用されていた農地
  • 相続や遺贈によって財産を取得した人が、相続開始の年に生前一括贈与を受けていた農地

申請方法

納税猶予の特例は、相続開始を知った日の翌日から10か月以内に税務署に申告しなければなりません。なお申請の際は以下の2点が必要です。

  • 所定の事項を記載した相続税の申告書
  • 猶予される税額や利子税の額に見合った担保

加えて、納税猶予期間中は相続税の申告期限から3年目ごとに「引き続き特例の適用を受ける旨」と「特例農地等に係る農業経営に関する事項等」を記載した届出書(継続届出書)を提出します。

 

注意点

納税猶予の特例を受けていても、以下のケースに該当すると特例の適用が打ち切られ、猶予されていた相続税と利子税の一部また全部を納付することになるため注意が必要です。

  • 特例農地について譲渡や贈与、転用、地上権などの設定や抹消、耕作の放棄などをした場合
  • 特例農地での農業経営をやめた場合
  • 継続届出書を提出しなかった場合
  • 増担保や担保変更の要請を拒否した場合
  • 特例の適用を受けた準農地が、申告期限から10年を経過する日までに農地として使われない場合
    など

参考:国税庁WEBサイト『No.4147 農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例|国税庁』

 

相続した農地の活用方法

もともと農業を営んでいる、あるいは相続を機に農業を始める方であれば、農地を相続しても本来の用途で有効活用できます。しかし相続人がサラリーマンで、しかも相続した農地から遠い都市部などに住んでいるというケースも少なくありません。

 

貸与

農地をそのまま生かす方法のひとつは「他人に貸与(賃貸)すること」です。この場合は農業委員会の許可が必要ですが、農業を営んでいる相手に貸すのであれば許可される可能性は比較的高いと考えられます。

 

農地として売却

農地のまま売却するのも選択肢のひとつです。ここでも農業委員会の許可が必要ですが、購入者が農家やこれから農業を始めようとしていて、農業経営に関する一定の要件を満たしていれば許可を受けられる可能性があります。

 

転用して売却

宅地などに農地転用してから売却すればより買い手を探しやすくなりますし、売値もより高くなるのが一般的です。ただし農地転用には厳しい制限があるため、すべての農地を転用できるわけではありません。

 

農地の相続放棄について

農業をしない相続人の中には、農地の相続を放棄したいと考える人もいることでしょう。ただしこの方法には大きなデメリットがふたつ存在します。

 

農地だけの相続放棄は不可

ひとつめのデメリットは、農地と一緒に他のすべての相続財産を放棄しなければならない点です。残念ながら特定の財産だけを相続放棄することはできません。あくまで農地と一緒に他の財産を放棄するか、他の財産と一緒に農地を引き受けるかを選択する必要があります(後者の場合、他にも相続人がいるなら他の相続人が農地を受け継ぐ可能性もあります)。

 

農地の管理責任は残る

ふたつめのデメリットは、相続を放棄しても管理義務が残ることです。もし相続放棄をしても次の相続人がいるなら、少なくともその相続人が農地を管理できる状況になるまで、もし相続人全員が相続放棄したなら、相続人不在となった農地が国庫に入るまで管理費用を支払う必要があります。ちなみに国庫に帰属する手続きには1年程度の時間が必要です。

 

まとめ

農地の相続は簡単ではありません。相続時には農地委員会への届出が必要な上、賃貸するにも売却するにも農地委員会の許可が必要です。さらに相続放棄にも農地ならではのデメリットがあるため、注意しなければなりません。農地を相続した方、あるいは相続する見込みがある方は、ぜひ専門家と相談しながら早めの対策を考えてください。

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