相続放棄の手続きは、相続手続の流れの一部です。この記事では相続発生から相続放棄が完了するまでの流れを中心に、相続放棄の手続きの内容や注意点などについて説明していきます。
相続放棄の流れ
相続放棄の手続きは、基本的に相続発生(被相続人の死亡)から始まります。まずは大まかな流れについてみていきましょう。
相続発生
被相続人が亡くなると相続が開始します。はじめから「自分が相続人になる」ことを知っていたなら、この時点から相続放棄の「熟慮期間」(相続放棄の手続きが可能な期間)が始まります。熟慮期間の長さは3か月間です。
財産調査
相続放棄の重要な判断材料になるのが「プラスの財産」と「マイナスの財産」の内訳です。どのような財産を相続するのか、全体でプラスになるのかマイナスになるのかなどを知るために、できるだけ速やかに正確な財産調査を行います。
相続放棄の申述
相続放棄をすることを決めたなら、家庭裁判所で「相続放棄の申述」を行います。申述先する裁判所の選び方や必要書類については後ほど説明します。
他の相続人に連絡
相続放棄の申述が認められると相続権は他の相続人に移動します。ただし家庭裁判所からそれらの相続人に連絡が行くことはないため、相続放棄をした人がその旨を連絡しなければなりません(法律上の義務ではありませんが、無用なトラブルを避けるためにも必要な手順です)。
相続放棄の申述について
相続放棄の申述は、基本的に必要書類を家庭裁判所に提出するだけです。ただし家庭裁判所ならどこでもよいというわけではありませんし、相続人の種類によっては必要書類(添付書類)の準備に手間がかかることもあります。
関連記事:『相続放棄すべきケースとは?相続放棄の申述方法についても解説』
申述先
申述先は「被相続人の最後の住所地」を管轄する家庭裁判所です。よく勘違いされる部分ですが、相続放棄をする人の住所地ではありません。
必要書類
相続放棄の申述に必要なのは「相続放棄申述書」です(書式のダウンロードへのリンク)。申述書に添付する書類は、以下の通り相続人の種類によって変わります。
相続人の種類 | 必要な添付書類 |
共通 | 1. 被相続人の住民票除票又は戸籍附票 2. 申述人(放棄する方)の戸籍謄本 |
被相続人の配偶者 | 3. 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 |
被相続人の子又はその代襲者(孫、ひ孫等) | 3. 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 4. 申述人が代襲相続人(孫、ひ孫等)の場合、被代襲者(本来の相続人)の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 |
被相続人の父母・祖父母等(直系尊属) | 3. 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 4. 被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している人がいる場合、その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 5. 被相続人の直系尊属に死亡している人(相続人より下の代の直系尊属に限る(例:相続人が祖母の場合、父母))がいる場合、その直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 |
被相続人の兄弟姉妹及びその代襲者(おいめい) | 3. 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
4. 被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している人がいる場合、その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 |
費用
相続放棄の申述に必要な費用は「収入印紙800円分」と「連絡用の郵便切手」です。郵便切手の額面(金額)は各裁判所によって変わりますが、おおむね400円〜500円程度です(手続きを行う裁判所でかならず確認してください)。
相続放棄をしたことを公的に証明する「相続放棄申述受理証明書」の発行を希望する場合は、手数料として150円分の収入印紙が必要です。
相続放棄は必ず認められるか
相続放棄の申述は、(書類さえしっかり集めれば)難しい手続きではありません。しかし一部のケースや財産については、相続放棄が認められないこともあります。
関連記事:『相続放棄が認められないケースとは?具体的な事例と対策について解説』
手続きが却下されるケース
相続放棄の申述が認められない(却下される)ケースは、大きく分けて3つです。
①単純承認が成立している
単純承認とは「プラスの財産もマイナスの財産もすべて引き継ぐ」こと、つまり通常の相続のことです。単純承認が成立する原因にはいくつかのパターンがありますが、特に相続放棄の手続きでは「財産の処分」が問題となります。
相続人が財産の一部や全部に手をつけた場合、それは財産の処分とみなされ、その時点で単純承認が成立します。たとえば
- 被相続人の口座から生活費を引き出す
- 被相続人が所有する家屋を解体もしくは改修する
- 被相続人の自動車を名義変更する
- 被相続人が他人に貸していたお金を回収する
- 被相続人の株式の議決権を行使する
などの行為です。遺産分割協議に参加して遺産配分に合意した場合や、ブランド品など価値の高い遺品を形見分けされた場合も単純承認となる可能性があります。
②財産の一部または全部を隠す
被相続人の財産を故意に隠した場合、それがたとえ財産の一部だったとしても単純承認となります。相続放棄をした後に「財産を隠していた」ことが発覚したら、相続放棄の効力も無効です。
②熟慮期間が過ぎている
「熟慮期間」が過ぎてしまった場合も相続放棄は認められません。ただし過去の判例では、
- 諸般の状況からみて相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情がある
- 存在を知っていれば相続放棄したはずの相続債務が存在しないと信じていて、そのように信じたことについて相当の理由がある
といった例外的なケースややむを得ないケースなどで、熟慮期間が経過した後も相続放棄が認められています。ただしこれは例外的なケースと考えるべきでしょう。
関連記事:『遺産相続の時効とは?権利や手続きの時効について解説』
③必要な書類が欠けている
相続放棄の申述書にミスがあったり、添付書類が欠けているようば場合も相続放棄は認められません。ただし書類に不備がある場合は家庭裁判所から補正や追加提出を求められるため、これにきちんと応じることで申立ては受理されます。
放棄できない財産・権利もある
一方、相続財産の種類によっては「相続放棄できない財産や義務」もあります。具体的には次の3つです。
①財産の一部だけ
②不動産の管理責任
③祭祀財産
①について:『相続放棄すべきケースとは?相続放棄の申述方法についても解説』でも解説していいる通り、相続放棄はすべての財産に対する相続権をいっぺんに放棄する制度です。このため「相続放棄はするけれど、今住んでいる(被相続人名義の)自宅だけは手元に残したい」とか、「現金や預金は手元に残して、土地だけ相続放棄する」といったことはできません。
②について:不動産の管理責任を持つのは不動産の所有者、つまり不動産の相続人です。しかし相続放棄をしたことで相続人がまったくいなくなる場合、裁判所が相続財産管理人を選任するまでは相続放棄した相続人がこの責任を追います。もし不動産が原因で事故が発生した場合、管理者責任として損害賠償責任を負わなくてはなりません。
③の祭祀財産とは、「一族の系譜(先祖代々の家系が記されている家系図など」、「祭具(仏壇・神棚・位牌・霊位・十字架など)」、「墳墓:墓石・墓碑などの墓標や埋棺など)」のことです
これらの祭祀財産は祭祀承継者が管理するもので、本人が放棄するつもりでも管理義務を手放すことはできません。
関連記事:『相続放棄が認められない相続財産とは?相続で失敗しないためのポイントを解説』
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相続放棄は専門家に依頼すべき?
繰り返しになりますが、書類さえ揃えることができるなら相続放棄の申述は難しくありません。しかし書類作成に手間がかかる場合、他の相続人との間でトラブルが発生している場合などは、専門家に相談したほうが無難です。
ちなみに相続放棄を依頼できる専門家は、弁護士と司法書士です。
関連記事:『相続放棄をするにはいくら必要?専門家の選び方についても解説』
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自分で行うケース
戸籍謄本などの書類をきちんと集めることができ、関係者(他の相続人や債権者)とのやりとりにも問題がない場合は自分で手続きを行った方が得です。ただし少しでも手間を省きたい場合や、交渉事のストレスから解放されたい場合などは専門家に依頼するのがお勧めです。
また相続放棄の期限が過ぎている場合などは相続放棄の申述が却下される可能性が高いため、「即時抗告」に備えて弁護士に依頼するのが安心です。
弁護士に依頼する
以下の条件の多くに当てはまる人は、弁護士への依頼を検討すべきでしょう。
- 裁判所とのやりとりまですべて任せたい
- 他の相続人と交渉してほしい
- 被相続人の債務者と交渉してほしい
- 相続放棄の期限が迫っている(もしくは経過している)
- 正確でミスのない手続きをしたい
弁護士に依頼した場合、およそ5万円〜10万円程度の費用が発生します。
司法書士に依頼する
司法書士に依頼した方が良いのは以下のようなケースです。
- 書類作成の手間を省きたい
- 少しでも費用を抑えたい
- 正確でミスのない手続きをしたい
弁護士よりも「できること」が少ない印象ですが、そのぶん費用相場は弁護士のおよそ半分(2万円〜5万円程度)になります。
まとめ
相続放棄の手続き自体は、決して難しくありません。「3か月という短い熟慮期間」や「手間のかかる書類収集」、他の相続人とのトラブルなどに気をつけて、スムーズな手続きを目指してください。