亡くなった方が多額の借金を残していた場合、相続人は相続放棄をすることで借金の相続を回避できます。しかし相続放棄をするにはさまざまな条件があり、どのような場合でも必ず相続放棄できるというわけではありません。この記事では相続放棄が認められない事例を中心に、相続放棄について解説していきます。
相続放棄とは
相続放棄とは、相続人が「借金」や「連帯保証人」といったマイナスの財産を引き継がないために行う手続きです。相続放棄は特に被相続人が多額の借金をしていた場合に大変有効ですが、一方で以下のような注意点もあります。
一切の財産を相続できなくなる
気を付けるべき重要なポイントのひとつは、相続放棄がマイナスの財産だけでなく現金や不動産といったプラスの財産も含めて「一切の財産を放棄する」手続きということです。
仮に被相続人の借金をすべて精算した後にいくらかの財産が残った場合(マイナスの財産よりプラスの財産の方が多い状態)でも、相続放棄をした人はそれらの財産を引き継ぐことができません(もちろん一部の財産を選んで相続することもできません)。
このため相続放棄を検討する場合は、あらかじめすべての財産を正確に調査しておく必要があります。
一定期間内に手続きが必要
とはいえ、財産調査に時間をかけ過ぎると相続放棄の手続き自体ができなくなる恐れがあります。相続放棄ができる期間のことを「熟慮期間」といいますが、これについては後ほど説明します。
家庭裁判所で手続きが必要
本人が「すべての財産を放棄する」という意思表示をするだけでは、相続放棄はできません。相続放棄をしたい人は家庭裁判所に一定の書類を提出し、「相続放棄の申述」という手続きをする必要があります。
撤回はできない
そして、いったん相続放棄をすると後から撤回することはできません。このため相続放棄の手続きは慎重に行う必要があります。
相続放棄が認められないケース
実際の相続手続でも、相続放棄をする人は大勢います。とはいえ相続放棄は「常に認められる」とは限りません。ここでは相続放棄が認められない事例をいくつか紹介していきます。
単純承認が成立している場合
相続放棄が認められない典型例は、相続人に「単純承認」が成立しているケースです。単純承認とは「プラスの財産もマイナスの財産もすべて引き継ぐ」ことですが、単純承認の成立に二つのパターンがあります。
まず一般的な単純承認の成立条件は「なにもしない」ことです。相続放棄ができる期間(熟慮期間)に相続放棄の申述をしなければ、その期間の満了後に自動的に単純承認が成立します。
もうひとつのパターンは「法定単純承認」です。何をしなくても成立する一般的な単純承認と違い、法定単純承認では相続人が「一定の行動」をすることにより、本人の意思とは関係なく単純承認が成立します。この一定の行動とは、たとえば次のような行動です。
- 財産の処分
相続人が財産の一部や全部に手をつけた場合、その時点で単純承認を選んだと見なされます。一例を挙げると、被相続人の口座から生活費を引き出す、被相続人が所有する家屋を解体もしくは改修する、被相続人の自動車を名義変更する、被相続人が他人に貸していたお金を回収する、被相続人の株式の議決権を行使する、などの行為です。加えて遺産分割協議に参加して遺産配分に合意した場合も単純承認となりますし、ブランド品など価値の高い遺品を「形見分け」された場合も財産の処分として単純承認となる可能性があります。
なお一般常識や社会通念上「相当と認められる程度」の葬式費用や、仏壇や墓石を購入するために被相続人の財産を使用するケースなどは法定単純承認にならないこともありますが、あくまで「程度の問題」です。万全を期すのであれば、できるだけ被相続人の財産には手をつけないようにしておくべきでしょう。
- 財産を隠す
被相続人の財産を故意に隠した場合、それがたとえ財産の一部だったとしても単純承認を選んだと見なされます。ちなみに相続放棄をした後に「財産を隠していた」ことが発覚した場合、相続放棄は無効です。
熟慮期間が過ぎている場合
相続放棄が認められない別の典型例は「熟慮期間」が過ぎている場合です。民法第915条第1項には、熟慮期間についてこのように規定されています。
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。 |
この規定によると、相続人は「相続の開始」、つまり被相続人が亡くなったことを知ってから原則3か月以内に相続放棄の申述をしなければなりません。
ちなみに上の条文には熟慮期間を延長できるという「ただし書」があります。過去の判例では、
- 諸般の状況からみて相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情がある
- 存在を知っていれば相続放棄したはずの相続債務が存在しないと信じていて、そのように信じたことについて相当の理由がある
などの例外的なケースや、やむを得ないケースで認められています。とはいえ相続人の都合で自由に熟慮期間を伸ばすことは難しいため、やはり相続を知ってから3か月以内に意思表示を行うよう心がけるべきです。
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必要な書類が欠けている場合
単純承認が成立しておらず、しかも熟慮期間中の申述であれば、家庭裁判所は原則として相続放棄を認めてくれます。ただし手続きの際に必要書類が欠けている場合は例外です。
相続放棄の手続きでは「相続放棄の申述書」に加えて「標準的な申立添付書類」と呼ばれる書類を提出しなければなりません。たとえば以下のような書類です。
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 申述人の戸籍謄本
- (申述人が配偶者や子の場合)被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本など
- (申述人が直系尊属や兄弟姉妹の場合)被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本など
このように相続人の立場によって一部の提出書類が変わるうえ、転籍などがあると戸籍をすべて集めるだけで大きな手間や時間がかかります。
書類に不備がある場合は家庭裁判所から補正や追加提出を求められますが、これに応じない場合は相続放棄が認められません(申し立てが受理されません)。
相続放棄で失敗しないために
「相続放棄が認められない」という失敗を避けるためには、以下の3点に気をつけて相続手続を進めることが重要です。
財産調査を正確に行う
まず基本となるのは「財産調査」です。プラスの財産とマイナスの財産を含むすべての財産、具体的には
- 現金(預金を含む)
- 貴重品
- 自動車
- 有価証券
- 不動産
- 借金(滞納金を含む)
- 連帯保証債務(連帯保証人)
などを漏れなく調べ上げ、一覧にしておく必要があります。なお財産調査には時間と手間がかかるうえ、財産の種類によって調査方法もさまざまです。相続人自身で行うのが難しい場合は専門家に依頼するのも有効な手段でしょう。
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財産の管理方法に注意する
故意に財産を処分しなくても「うっかり財産に手をつけてしまう」可能性はあります。遺品整理の際に価値ある財産を捨ててしまったり、葬式費用以外に被相続人の預金を使ってしまうようなことを避けるためにも、財産は厳正に管理しなくてはなりません。
迅速に意思決定する
相続放棄すべきか迷っているうちに熟慮期間が過ぎることのないよう、できるだけ早めに意思を固めて相続放棄の手続きをします。可能であれば実際に相続が始まる前から被相続人の財産を把握しておき、相続するか相続放棄するかを決めておくとよいでしょう。
どうしても判断に迷う場合は、専門家に相談するのも一手です。
相続放棄が認められなかったら
もし家庭裁判所で相続放棄が認められなかった場合、「相続放棄不受理決定の通知」の翌日から2週間以内に「即時抗告」を申し立てることができます。
即時抗告では、家庭裁判所の判断が間違っていることを証拠を挙げて主張しなければなりません。こうした手続きは裁判手続に慣れていない普通の人には難しいため、相続に強い弁護士などに依頼するのが一般的です。
まとめ
相続放棄が認められないケースとしては、単純承認が成立している場合、熟慮期間が過ぎている場合、書類の不備などが挙げられます。相続放棄を検討している方は専門家を上手に利用するなどして、失敗のない手続きを目指してください。