遺産相続では、一般に子供や配偶者などの家族が相続人になるというイメージが強いでしょう。では「恋人」など家族以外の人を相続人にして、遺産を相続させることは可能でしょうか?この記事では恋人に財産を遺す方法や注意点などについて説明していきます。
恋人の法律的な立場について
恋人が相続人になることは可能でしょうか?もちろん、恋人と言ってもパターンはいろいろです。付き合って日が浅い人から、何年、あるいはそれ以上の期間を一緒に暮らしている人もいます。後者の中には「事実婚」とか「内縁」と呼ばれる関係の人たちも少なくありません。
恋人は「赤の他人」
とはいえ恋人は基本的に「他人」です。たとえ付き合いが長い相手でも、法律的には結婚直後の夫婦の関係にはるかに及びません。
もちろん法律には、内縁関係を夫婦関係に準じるものとする規定もあります。
- 同居の期間や形
- 生計を共にしているか
- 周囲からどのように見られているか
- 認知している子供はいるか
など、いくつかの要素を総合的に判断して「内縁関係にある」と認められると、貞操義務や同居義務、生活費や養育費の分担といった夫婦関係に準じる義務が課されるのです。たとえば内縁関係が認められた男女の一方が不貞行為をすれば、慰謝料請求の対象になることもあります。
とはいえたとえ内縁関係が認められても相続権は発生しません。恋人は法定相続人にはなれないのです。
法定相続人になれる人
法定相続人とは相続の権利を持つ人です。法定相続人は被相続人とのつながりの深さに応じて、優先順位(相続の順番)が設けられています。
民法第887条第1項
被相続人の子は、相続人となる。 |
優先順位が1位の相続人は「子」です。ちなみに子が複数いれば、それぞれが均等割合で遺産を相続します。長男だから、末っ子だから、嫁に行っているからという理由で相続の割合が変わることはありません。
民法第889条第1項
次に掲げる者は、第887条の規定により相続人となるべき者がない場合には、次に掲げる順序の順位に従って相続人となる。 ①被相続人の直系尊属。ただし、親等の異なる者の間では、その近い者を先にする。 ②被相続人の兄弟姉妹 |
優先順位が第2位の相続人は「直系尊属」(両親や祖父母、曽祖父母など)です。被相続人に子がいない場合は、これらの人が相続人になります。
条文の①に「親等の異なる者の間では、その近い者」と書かれているのは、両親と祖父母がどちらも存命なら、より関係の近い両親が相続人になるという意味です。父・母のどちらも存命なら、相続割合はそれぞれ均等です。
優先順位が第3位の相続人は「兄弟姉妹」です。被相続者に子がなく、さらに直系尊属も存命でない場合は兄弟姉妹が相続人になります。
民法第890条
被相続人の配偶者は、常に相続人となる。この場合において、第887条又は前条の規定により相続人となるべき者があるときは、その者と同順位とする。 |
「配偶者」には優先順位が存在しません。これは優先順位が低いという意味ではなく、優先順位に関係なく「常に相続人になる」という意味です。具体的には、
- 子がいる場合は「配偶者と子」
- 子がいなければ「配偶者と直系尊属」
- 子も直系尊属もいなければ「配偶者と兄弟姉妹」
- 子も直系尊属も兄弟姉妹もいなければ「配偶者のみ」
が被相続人の遺産を相続します。なお、法定相続人それぞれの相続割合は以下の通りです。
【配偶者の法定相続分】
他の相続人の存在 | 法定相続分 |
なし | すべて |
子が存在する | 1/2 |
直系尊属が存在する | 2/3 |
兄弟姉妹が存在する | 3/4 |
【子・直系尊属・兄弟姉妹の法定相続分】
相続人 | 配偶者がいる場合の法定相続分 | 配偶者がいない場合の法定相続分 |
子 | 1/2(複数の場合は均等に配分) | すべて |
直系尊属 | 1/3(複数の場合は均等に配分) | すべて |
兄弟姉妹 | 1/4(複数の場合は均等に配分) | すべて |
関連記事:『離婚した妻は遺産相続できる?法定相続人の範囲と相続分についても解説』
恋人に遺産を相続させる方法
では何らかの方法で恋人に財産を相続させることはできないのでしょうか?結論からいうと、相続人でない人に遺産を「相続させる」ことはできません。もし恋人に遺産を相続させたいなら、亡くなる前に「婚姻届を提出する(入籍する)」のが唯一の方法です。
一方、入籍しなくても「相続以外の方法で財産を遺す方法」ならいくつかあります。
遺言書による指定
その一つが「遺贈」です。遺贈とは遺言書によって相続人以外の人に財産を与えることで、指名する相手は親族でも友人でも、もちろん恋人でも構いません。この場合は遺言書に「○○(恋人の名前)に△△(財産の種類や金額)を与える」と書きます。
ここで注意するのは、他の相続人との関係です。もし法定相続人がいるにも関わらず「すべての財産を恋人に与える」という内容の遺言を書いてしまうと、当然ながらトラブルになります。法定相続人は「遺留分」を持っているため、結果として遺産を受け取った恋人が相続人に一定のお金を支払わなければならなくなります。
なお遺留分については後ほど詳しく説明します。
特別縁故者になる
別の方法は「特別縁故者」になることです。特別縁故者については、民法の中で次のように規定されています。
民法第958条の2第1項
前条の場合において、相当と認めるときは、家庭裁判所は、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって、これらの者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる。 |
冒頭の「前条の場合」とは、第958条の「相続人としての権利を主張する者がないとき」つまり相続人がひとりもいない場合のことです。
つまり法定相続人がひとりもいない場合、被相続人の身の回りの世話をしていたり、生計を共にしていた恋人は、特別縁故者として相続財産を受け取ることができます。
なお恋人が特別縁故者制度を利用するには、家庭裁判所に申し立てを行い、自分が被相続人の世話をしていたなど「特別の縁故があった」ことを証明しなくてはなりません。
生前贈与・死因贈与
財産の「贈与」という方法も有効です。このうち被相続人が生きているうちに財産を贈与することを「生前贈与」、死亡を条件に財産を贈与することを「死因贈与」といいます。生前贈与も死因贈与も、相続人の遺留分が問題になることがあるのは遺贈と同じです。
遺留分に注意する
恋人に遺贈や死因贈与する場合、特に「遺留分」に注意が必要です。
民法第1042条第1項
兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第1項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。 |
遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人(配偶者・子・直系尊属)がそれぞれ「最低限受け取ることができる財産の割合」です。
もし被相続人がほとんどの財産を恋人に遺贈してしまった場合、法定相続人は遺留分として、自分達が相続できたはずの最低限度の金額の支払いを受益者(恋人)に要求できます。
なお相続人ごとの遺留分の割合は次の表の通りです。
相続人の種類 | 遺留分 |
配偶者 | 法定相続分の1/2 |
子 | 法定相続分の1/2 |
直系尊属 | 法定相続分の1/3 |
兄弟姉妹 | なし |
もし遺留分を侵害されたら、相続人は口頭や文書で「遺留分侵害額請求」をします。それでも相手が応じない場合は家庭裁判所に「遺留分侵害額の請求調停 」を申し立てることになります。
相続発生後に無用な争いなどのトラブルを生まないためにも、遺言書を書く際や死因贈与契約を行う際は法定相続人の遺留分に注意してください。
恋人が遺産を受け取る場合の税負担
恋人が何らかの方法で遺産を受け取った場合、どのような税金を(どれくらい)支払うのかが問題となります。
たとえば恋人は相続人にはなれませんが、場合によっては「相続税」の対象となります。実は相続税を支払うのは「相続又は遺贈により財産を取得した個人」とされていて、必ずしも相続人だけが支払うというわけではないのです。
なお配偶者には「1億6,000万円」と「配偶者の法定相続分相当額」のいずれか多い額まで相続税が免除されますが、恋人にはこのような制度はありません。むしろ配偶者と一親等の血族以外は相続税が2割増となります。
生前贈与を受けた場合は相続税の対象とはなりませんが、年間110万円を超える贈与を受けた場合は相続税よりも重い贈与税の課税対象です。生前贈与をするのであれば、毎年少しずつ渡す必要があります。
まとめ
恋人は法律的には赤の他人で、相続権はありません。しかし現実には恋人に財産を遺したいという方も少なくないはずです。そのような場合は、この記事や専門家のアドバイスを参考にしながら、納得できる遺産相続手続を行うようにしましょう。