相続人同士のトラブルの中として、よく耳にするのが「勝手に名義変更をされてしまう」というケースです。ではそのような問題が発生した場合、被害を受けた相続人はどのような行動を取ればよいのでしょうか。この記事では特に「相続登記」について、勝手な名義変更の予防法と対処法を説明します。
遺産相続手続に関係のある名義変更
遺産相続と名義変更には深い関係があります。ここではまず、相続手続きの中で発生する可能性のある名義変更を簡単に紹介します。
不動産
不動産は所有者の名前で登記(登録)されています。このため不動産を相続した場合は「相続登記」という名義変更手続きが必要です。
実はこれまで、相続登記は相続人の義務ではありませんでした。被相続人の名義のまま土地や建物を使い続けても罰則はなかったため、実際にそのような不動産が日本中に存在しています。数代にさかのぼって相続登記が行われず、「持ち主不明」になってしまった土地や建物も少なくありません。
この問題を解決するため、2021年4月28日に民法や不動産登記法などの改正法が公布されました。改正後は「取得を知った日から3年以内」に相続登記をしなければなりません。
改正法は「公布から2年以内に施行」されるため、遅くとも2023年4月28日までに相続登記が義務化されます。違反した場合はペナルティが発生するため十分注意が必要です。
ちなみに不動産を売却する場合は現時点でも名義変更(相続登記)が必要です。
預貯金・有価証券・自動車など
銀行などの預貯金を相続した場合も名義変更が必要です。現金に「持ち主の名前」は書かれていませんが、預貯金口座には名義があるためです。名義変更の手続きは、一般には被相続人名義の口座から相続人名義の口座に払い戻すことで行われます。詳しくは『預貯金の名義変更に必要な手続きとは?注意すべき点についても解説』をお読みください。
株式などの有価証券にも名義があるため名義変更が必要です。こちらは実際に所有者の名義変更します。詳しい流れは『株を相続した場合の名義変更を解説!手続きの流れや注意点についても紹介』をご覧ください。
さらに、自動車やバイクなど、被相続人の名前で陸運局や市役所などに登録されている財産も名義変更が必要です。それぞれ登録されている役所で手続きを行いますが、行政書士に依頼することもできます。
遺産相続で勝手に名義変更することは可能か
相続をめぐる名義変更でトラブルが発生しやすいのは、圧倒的に「相続登記」、つまり不動産の名義変更です。トラブルにはさまざまな種類がありますが、中には「勝手に名義変更された」というものもあります。
そもそも複数の相続人がいる場合、遺産配分は全員の同意のもとで行わなければなりません。遺産分割協議が成立したら相続人それぞれが書類に署名捺印して、印鑑証明書を添付します。つまり相続人のひとりが他の相続人を無視して、土地や建物を独り占めするようなことは原則として不可能です。
それでも「勝手に名義変更される」ことがあるとは、どういうわけでしょうか?
遺産相続で勝手に名義変更されるケースには、実は「合法的に行われるケース」と「違法なケース」の2パターンがあります。それぞれについて詳しく見ていきましょう。
参考『遺産相続で勝手に手続きするとどうなる?トラブルへの対策方法についても解説』
合法的に勝手に名義変更されるケース
「合法的に」かつ「勝手に」名義変更されるケースは、2通りです。
①遺言書に従って相続登記する
被相続人は遺言書によって、相続人の指定や相続人ごとの遺産配分を指定できます。また特定の相続人にすべての財産を譲るような極端な遺言も有効です。遺言書があれば遺産分割協議は必要ありませんから、不動産を相続した人が(他の相続人に断りなく)相続登記をしても法律上問題ありません。
ただし遺言執行者が選任されている場合、執行者は遺言の内容を相続人に通知する義務があります。このため他の相続人が知らないうちに名義変更されるケースはあまり考えられません(ただし、仮にそのような事情があっても相続登記は有効です)。
参考記事『遺言が見つかったらどうすればいい?執行の手順と遺言執行者への報酬について』
②法定相続分で相続登記する
複数の相続人がいる場合、それぞれの相続人には「保存行為」といって、他の相続人のために不動産の相続登記をする権利があります。あくまで法定相続分での登記となりますが、それでも他の相続人の了解を得ることなく、単独で(相続人それぞれの名義に)名義変更ができます。
仮にこのような名義変更をされても、他の相続人が特別に損害を受けるわけではありません。ただし自分の意図しないタイミングで相続登記されることを不快に思う人はいるかもしれませんし、遺産分割の話し合いが決着しないうちに法定相続分で登記をされると、相続人によっては「損をした」と感じることもあるでしょう。
あくまで合法的な名義変更ですが、トラブルを大きくしかねないケースといえます。
勝手な名義変更が違法とされるケース
上に挙げた①や②以外では合法的な名義変更は行なえません。にも関わらず勝手に名義変更された場合は、遺言書や遺産分割協議書の「偽造」が行われたと考えられるでしょう。
勝手に名義変更されないための対策
合法的であっても違法なものであっても、「勝手に」な名義変更をある程度防ぐ方法はあります。
遺言書を確認する
まず相続発生後、速やかに遺言書の存在と内容を確認しておけば、遺言に基づく名義変更を事前に把握できます。もちろん遺言書が「存在しない」ことがわかっていれば、遺言書の偽造やそれに基づく名義変更を予防できるかもしれません。
速やかに遺産分割協議を行う
遺言書が存在しないなら、すぐに遺産分割協議を行うべきです。相続人はいつでも遺産分割協議を請求できますし、相続人のひとりが遺産分割請求権を要求した場合、他の相続人は遺産分割協議の話し合いに参加しなければなりません。
勝手な名義変更をされる前に、先手を打っておくことが重要です。
関連記事『遺産分割請求権に時効はある?権利を行使する方法と注意点について解説』
遺産分割調停・遺産分割審判を申し立てる
他の相続人が遺産分割協議に応じない場合や合意の目処が立たない場合、遺産分割調停を利用するのも有効でしょう。遺産分割調停とは家庭裁判所が任命する調停委員(第三者の専門家)が仲介する話し合いです。もし調停が不成立の場合は、そのまま遺産分割審判(裁判官の判断による遺産分割)に移行します。
関連記事『遺産分割調停の内容と活用方法とは?審判・訴訟との違いについても解説』
勝手に名義変更された場合の対処法
もし勝手な名義変更をされてしまった場合の対処方法はさまざまです。ただしどの方法も手間や時間、そして費用がかかるため、慎重に対応を検討するようにしてください。
弁護士に相談する
基本的な対応策は「弁護士への相談」です。すでに説明した通り勝手な名義変更には合法的なものと違法なものがありますが、一般の人には合法・違法の判断が難しいケースも少なくありません。また仮に違法であっても、どのような手段で対抗するのがベストかは専門家に判断してもらうほうが確実です。
場合によっては、弁護士が先方(勝手な名義変更をした相続人)と交渉するだけで問題が解決することもあります。
正式な遺産分割協議を行う
先方が応じるなら、正式な遺産分割協議を行ってから相続登記のやり直し(抹消や一部更正など)を行うことができます。ただし勝手な名義変更をされている時点でかなりのトラブルが想定されるため、遺産分割協議は弁護士の協力を仰いだうえで行うのが無難でしょう。
処分禁止の仮処分を申し立てる
場合によっては、勝手に名義変更された不動産をが第三者に転売されることを防ぐため、家庭裁判所に「処分禁止の仮処分」を申し立てることも必要です。仮に第三者に転売された場合、不動産を取り戻すことは非常に困難になります。
遺言無効確認訴訟で争う
名義変更の根拠となった遺言書の内容が「疑わしい」場合、つまり偽造が疑われる場合は「遺言無効確認訴訟」で争うことができます。ただし裁判を起こしても、必ずしも勝訴できるとは限りません。弁護士と相談したうえで、裁判に持ち込むべきかどうか専門家の判断を仰ぐようにしましょう。
遺産分割協議不存在確認訴訟で争う
遺産分割協議書を偽造された場合は「遺産分割協議不存在確認訴訟」で争うことができます。こちらもむやみに裁判に持ち込むのではなく、まずは弁護士と相談したうえで判断することが大切です。
不当利得返還請求・損害賠償請求を行う
勝手な名義変更によって先方が得た「不当な利得」を返還させたり、こちらが受けた「損害」を先方に請求するという方法もあります。相手が交渉に応じなければ裁判の中で不当利得返還や損害賠償の請求をすることになるでしょう。この場合も弁護士のサポートが必要です。
まとめ
勝手な名義変更には合法的なものと違法がものがあります。まずは勝手な名義変更をされないにしっかり事前対策をしたうえで、もし名義変更をされてしまった場合には、弁護士のアドバイスを受けながら相手との交渉や裁判を行うようにしましょう。