被相続人が借金を残して亡くなっても、相続放棄をすれば借金の相続から逃れられます。しかし放棄された相続権は、その後どうなってしまうのでしょうか。今回は相続放棄によって家族や親戚などに迷惑がかかるかどうか、迷惑をかけないためにどうすればよいかについて解説していきます。
相続放棄の仕組み
相続手続について調べていると、しばしば「相続放棄」という言葉を目にすると思います。では相続放棄とは具体的にどのような効果を持つ手続きなのでしょうか。
相続開始時にさかのぼって相続人でなくなる
相続放棄とは、相続人としての地位や権利を放棄することです。相続人は被相続人の財産(遺産)を受け継ぐことができます。遺言書がなければ遺産分割協議に参加する権利がありますし、仮に「他の相続人や第三者に遺産のほとんどを与える」という遺言があっても、最低限度の相続が法律で保障されています。相続放棄はこれらをすべて放棄する手続きです。
相続放棄は「相続開始を知った日の翌日から3か月以内」に家庭裁判所で手続きを行いますが、成立すると、その人は相続開始時にさかのぼって相続人ではなくなります。結果としてプラスの財産もマイナスの財産(借金など)も相続することはありませんし、その後の一切の相続手続から開放されます。
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同順位の相続人がいなければ次順位に引き継がれる
相続放棄をした場合、その人の相続分は他の相続人に振り分けられます。たとえば1,200万円の財産を4人の子供が相続すると、1人あたりの相続分は原則として300万円です。もし4人のうち1人が相続放棄をすれば「相続人は3人」となるため、それぞれの相続分は400万円になります。
では、もし4人全員が相続放棄をしたらどうなるのでしょうか?
このように同順位の相続人がすべていなくなってしまった場合、相続の権利は次順位の法定相続人に引き継がれます。法定相続人の相続順位については後ほど説明しますが、たとえばすべての子供が相続放棄をした場合、被相続人の「親」が相続人になるといった具合です。
相続放棄ですべての親戚に迷惑がかかるわけではない
相続放棄をすると、その人が相続するはずだった遺産は他の相続人や次順位の相続人に引き継がれます。遺産の中に借金が含まれている場合、相続人となった家族や親族に迷惑がかかることもあるでしょう。ですが相続人になるのは一定範囲内の親族に限られるため、相続放棄をしたからといって「すべての親戚」に迷惑がかかるわけではありません。
法定相続人の範囲と相続順位
法定相続人の範囲と相続順位は、民法第887条、第889条、第890条に書かれています。
民法(条番号) | 相続人(被相続人との関係) | 相続順位 |
第890条 | 配偶者 | 常に相続人 |
第887条第1項・第2項 | 子(亡くなっている場合は孫などの直系卑属) | 第1位 |
第889条第1項第1号 | 直系尊属(父母、祖父母など) | 第2位 |
第889条第1項第2号・第2項 | 兄弟姉妹(亡くなっている場合はその子) | 第3位 |
ここにある通り法定相続人になる可能性があるのは、被相続人の「配偶者」「子(&直系卑属)」「直系尊属」「兄弟姉妹(&おい・めい)」までです。つまりこの中の誰かが相続放棄をしても、基本的には他の親戚に迷惑がかかることはありません。
法定相続人が不在になった場合
では相続放棄によって、法定相続人が一人もいなくなった場合はどうなるのでしょうか?
相続する人がいなくなった遺産は、最終的に「国庫」に入ります。もちろん未返済の借金などがある場合は返済が優先されますし、被相続人と特別に親しかった人が「特別縁故者」として、遺産を引き継ぐこともあります。
こうした手続きを行うのは「相続財産管理人」と呼ばれる人です。法定相続人の中で最後に相続放棄をする人は、家庭裁判所に相続財産管理人の選任を申し立てる必要があります。続財産管理人の選任から遺産が国庫に入るまでの流れについては『子どもがいない夫婦の最後はどうなる?相続の事前対策について解説』をご覧ください。
相続放棄で親戚に迷惑をかけないための対策
相続放棄で親戚(他の法定相続人)に迷惑をかけないためには、なんらかの対策や工夫が必要です。ここではいくつかの手段を紹介します。
あらかじめ連絡しておく
混乱を避けるために、同順位の相続人や次順位の相続人への「事前の連絡」は欠かせません。相続放棄をする旨と、できればその理由についてもしっかり説明しておくべきです。ただし相続放棄はあくまで個人の決定なので、相手の了承までは必要ないでしょう。
全員で相続放棄する
同順位の相続人や次順位の相続人に連絡したうえで「全員で相続放棄する」のもひとつの方法です。すでに説明した通り、法定相続人全員が相続放棄をすれば借金を相続する人は存在しません。つまり誰にも迷惑をかけないということです。
家庭裁判所への申し立てはそれぞれ個別に行っても構いませんが、全員での「同時申立」もできます。同時に申請を行う場合は被相続人の戸籍謄本など「共通する書類」を1通にまとめることもできるため手間が省けますし、戸籍取得にかかる費用も抑えられます。専門家に相続放棄の手続きを依頼する場合も、一人ひとり個別に依頼するよりも共同で依頼した方が費用を安く抑えられるでしょう。
関連記事『兄弟姉妹が相続放棄をするには?手続きの方法や注意点について解説』
限定承認を利用する
マイナスの財産を相続したくないのであれば、相続放棄ではなく「限定承認」を利用することもできます。限定承認はプラスの財産とマイナスの財産を相殺したうえで、残った財産があるならそれを相続するという手続きです。最終的にマイナス財産が残った場合でも、それを引き継ぐことはありません。
相続放棄との大きな違いは、限定承認の場合は「相続人であり続ける」ということです。相続人の地位や権利を放棄するわけではないため、放棄された相続権で他の法定相続人に迷惑をかけることもありません。親族同士のトラブルを避けるという点では、非常に優れた方法といえるでしょう。
ただ現実には、限定承認はほとんど利用されていない手続きです。これには2つの理由があります。
1つ目の理由は「相続人全員の同意が必要」という点です。相続人が複数いる場合、限定承認は単独で行うことができません。ひとりでも限定承認に反対する相続人がいる場合、限定承認の手続きは不可能です。
2つめの理由は「手続きの難易度が高い」ことです。限定承認は「家庭裁判所に申請して終わり」ではなく、その後も最後まで相続手続を行う必要があります。相続開始から4か月以内に行う「準確定申告」や被相続人の債務者への弁済手続(ただしプラスの財産が上限)をしなくてはなりませんし、通常の相続手続にはない「官報への公告掲載」なども必要です。
こうした手間を相続人全員が納得し同意してくれるなら、ぜひ限定承認を検討してみてください。
関連記事『限定承認とはどのような手続き?相続放棄との違いや手続きの流れについて解説』
まとめ
相続放棄は、同順位の相続人や次順位以降の相続人に影響を与えます。予告なしに相続放棄をすれば、それらの人たちに迷惑をかけてしまう可能性もあるでしょう。もし相続放棄をするなら、事前の連絡や共同での相続放棄(もしくは限定承認)を検討するなどして、混乱を最小限に抑えるよう心がけてください。