被相続人が多額の借金をしていた場合などは「相続放棄」が有効です。しかし相続放棄にはメリットだけでなく、重大なデメリットや注意点もあります。この記事では相続放棄のメリット・デメリットと注意点について詳しく説明していきます。
相続放棄のメリット
相続放棄によってどのようなメリットが得られるかは、相続人や相続の状態によって多少異なることがあります。ここではまず、大きく分けて4つのメリットを紹介します。
借金を引き継がなくて済む
相続放棄を象徴するメリットは「マイナスの財産を引き継がなくてよい」というものです。ここでいうマイナスの財産とは、たとえば借金や未払金、他人の連帯保証人などです。
通常、遺産相続ではプラスの財産もマイナスの財産もすべて相続の対象になります。たとえば1,000万円の借金が遺されていた場合、相続人が2人で相続割合がそれぞれ50%なら、500万円ずつ借金を引き継がなくてはなりません。
しかし相続放棄をすれば借金を相続することはなくなりますし、債権者からの弁済を迫られることもなくなります。
相続手続から解放される
相続放棄をすれば、その後の一切の相続手続から解放されます。仮に相続発生直後に相続放棄をした場合、相続人の調査や財産調査、遺産分割協議、不動産登記といった手続きに加わる必要はありません。また他の相続人との接触も最小限にできます。
相続争いから一線を引ける
相続は争続というくらい、親族間のトラブルが付き物です。こうした争いから一線を引くことができるのも相続放棄のメリットです。
とはいえ場合によっては相続放棄が「かえってトラブルを産む」こともあるため注意してください(これについてはデメリットの項目で説明します)。
特定の相続人に財産を集中できる
相続では一人の人に財産を集中させたいケースもあります。たとえば被相続人が事業をしていて、それを子のひとりが引き継ぐような場合です。
このとき事業を引き継ぐ人以外の人が全員相続放棄をすれば、相続分をまるごと一人の人に集中させることが可能です。
相続放棄のデメリット
相続放棄を検討するなら、デメリットについてもしっかり理解しておかなくてはなりません。
プラスの財産も相続できない
相続放棄は文字通り「相続を放棄」することです。放棄する財産とはマイナスの財産に限りません。プラスの財産も、すべてまとめて放棄することになります。
このデメリットは借金などのマイナスの財産が「プラスの財産より明らかに多い」場合はそれほど問題にならないのですが、プラスの財産とマイナスの財産のどちらが多いかよくわからない(隠れたプラスの財産があるかもしれない)場合は難しい判断を迫られることでしょう。
プラスの相続財産の中に「故人の思い出の品」や「美術品」などが含まれている場合は、相続放棄をすることでそれらの品を相続できなくなります。また仮に相続人が住む「自宅」や「家財道具」が相続財産に含まれる場合、相続放棄後に自宅を出たり、家財道具を揃え直さなくてはならない可能性もあります。
他の相続人とトラブルになる可能性
相続放棄のメリットで「相続争のトラブルから離れられる」と説明しましたが、逆に相続放棄によって他の相続人とのトラブルが発生することもあります。というのも、放棄された相続分は他の共同相続人に分配されたり、後順位の相続人に繰り下がったりしてしまうからです。
たとえば被相続人の子が相続放棄をした場合について考えてみましょう。もしその人に兄弟が2人いれば、法定相続分ではプラスの財産もマイナスの財産も3人で均等に分けることになります。ここで3人のうち1人だけ相続放棄した場合、残る2人の兄弟で相続財産を均等に分けます。2人が相続放棄をすれば、残る1人がすべての財産を相続します。いうまでもなく、この財産には借金も含まれます。
また被相続人の子が1人だけの場合、その子が相続放棄をすると、相続権は被相続人の直系尊属(父・母や祖父・祖母など)に移動します。このようなケースでは「借金も含めて何も相続しないと思っていたら、ある日突然借金の督促を受ける」こともありえます。
このように、相続放棄は他の相続人にも大きな影響を与えるため、結果として恨みや怒りを買ってしまう可能性もありうるのです。
死亡保険金などの非課税枠が適用されない
被相続人の死亡保険金や死亡退職金は相続財産ではありませんが、相続税の計算上は「みなし相続財産」として扱われます。この際「500万円×法定相続人の数」が非課税枠となるのですが、相続放棄をした人はこの非課税枠が適用されません。
ちなみに非課税枠の計算式にある「法定相続人の数」には相続放棄をした人も含まれます。単純に、相続放棄をした人だけが非課税枠を使えなくなるということです。
家庭裁判所での手続きが必要
相続放棄は単なる意思表示ではなく、家庭裁判所で行う手続きです。このため相続放棄をしようと思ったら、まずは家庭裁判所で所定の手続きを行う必要があります。手続き自体はそれほど難しくありませんが、申告書を作成したり必要な書類を取り寄せたりするには時間がかかりますし、家庭裁判所に出向くのも忙しい人にとっては大きな手間です。
こうした手間がかかるのもデメリットのひとつといえるかもしれません。
相続放棄の注意点
メリット・デメリットを考慮したうえで相続放棄を決定した場合、いくつかの点に注意する必要があります。
相続が発生しないと手続きできない
まず、相続放棄は相続が発生しないとできません(被相続人の存命中はできません)。被相続人が明らかに大量の借金を抱えているのを知っていても、あらかじめ相続放棄しておくことはできないということです。
期限が過ぎると手続きできない
さらに重要な点として、相続放棄の手続きには「期限」が設定されています。相続人は原則として、「相続開始を知った日の翌日から3か月以内」に家庭裁判所で手続きを行います。うっかりしてこの期間を過ぎてしまった場合、相続放棄はできません。
なおこの3か月間は「熟慮期間」と呼ばれますが、何らかの理由で熟慮期間内に意思決定をできない事情があるなら、あらかじめ裁判所に申し出て期限を延長してもらうことも可能です。
関連記事:『遺産相続の時効とは?権利や手続きの時効について解説』
単純承認後は手続きできない
相続財産をすべて無条件で相続することが単純承認です。基本的には「3か月以内に相続放棄も限定承認もしなかった」場合に限定承認となるのですが、うっかり相続財産の一部を処分してしまったり、私的流用してしまった場合などはその時点で「限定承認」したとみなされます。
いったん限定承認をすると、もはや相続放棄の手続きはできません。
手続後は撤回できない
家庭裁判所で相続放棄の手続き(「相続放棄の申述」といいます)をすると撤回できません。後から大きなプラスの財産が見つかっても、マイナスの財産があるというのが「勘違い」だったとしても、原則としてやり直しはできないということです。
ただし「未成年者が親権者等の同意を得ずにした相続放棄」や「成年被後見人がした相続放棄」「詐欺や脅迫によってされた相続放棄」については、家庭裁判所への申述手続きを行うことで相続放棄を取り消せる可能性があります。
他の相続人への通知が必要
相続放棄のデメリットの中に「相続トラブルの原因となる」というものがありましたが、これは相続放棄について事前に他の相続人と相談し、相続放棄後もその旨を通知することである程度防げます。
相続放棄をしても、少なくとも家庭裁判所から他の相続人に連絡がいくことはないので、相続人同士のコミュニケーションは密にしておきましょう。
相続放棄以外の選択肢
相続放棄のデメリットを避けるには、相続放棄以外の方法でマイナスの財産を避ける必要があります。ここでは2種類の方法を紹介します。
遺産分割協議による合意
他の相続人との遺産分割協議で、自分に借金を引き継がせないことを他の相続人が納得してくれれば(あるいは他の相続人の誰かが借金をすべて引き受けてくれるなら)、「相続人同士の関係に限り」マイナス財産の相続を避けることができます。
ただし遺産分割協議は相続放棄と根本的に別のものです。遺産分割協議をしても第三者(被相続人の債権者など)には影響しないため、その後も借金の返済を迫られる可能性があります。
限定承認
マイナスの財産を避けつつ、プラスの財産がそれを超える場合に差額を受け取れるのが限定承認です。一見するといいこと尽くめに思える手続きですが、実は次のような注意点があります。
- 手続きは相続人全員で行う(一人でも反対者がいるとできない)
- 手続きの期限は3か月間
- 限定承認後も相続手続を続ける必要がある。
限定承認をするには専門家の力を借りることも有効ですが、その場合は費用(おおむね100万円前後〜)がかかることも忘れてはなりません。
まとめ
相続放棄を検討して見たい方は、ぜひ今回紹介したメリットとデメリットをしっかり理解して、自分のケースで相続放棄すべきかどうかを慎重に判断するようにしてください。なお相続放棄の全体的な知識については以下の関連記事でも紹介しています。ぜひ参考にしてください。
関連記事:『相続放棄すべきケースとは?相続放棄の申述方法についても解説』