相続財産に「マイナスの財産」が多数含まれる場合に利用される「限定承認」。この記事では限定承認の内容や相続放棄との違い、メリット・デメリットについて解説していきます。
限定承認とは
限定承認とは、相続財産にプラスの財産とマイナスの財産がどちらも存在する場合に「プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を相続する」ことです。
通常の相続は(プラス、マイナスを含む)すべての財産を相続する「単純承認」です。しかし単純承認では万一プラスの財産よりマイナスの財産の方が多い場合に、相続人自身の財産から借金等の返済をしなくてはなりません。
このようなケースを想定して設けられた制度が、一切の財産相続を放棄する「相続放棄」と、プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を相続する限定承認です。
相続放棄との違い
限定承認も相続放棄も、マイナスの財産を最終的に引き継がない、という意味ではよく似た制度です。このため「親の借金を相続したくない」という人にとって、どちらの制度を選んでも大差ないように思えるかもしれません。
しかし限定承認と相続放棄は手続きの流れも、その効果にも大きな違いがあります。
①共同申請か単独申請か
両者の違いとして特に目立つのは申請の方法です。限定承認は「相続人全員が共同して」申請するのに対し、相続放棄は「相続人それぞれが単独で」申請します。
②相続手続にいつまで関与するか
いつまで(どこまで)相続手続に関与するかも大きな違いです。限定承認は家庭裁判所に申請が認められた後も、債権者への返済を含む最後の精算まで相続手続に関与し続けます。一方相続放棄の場合は家庭裁判所に認められた時点で相続手続から離脱し、それ以降の関与は必要ありません。
③相続財産の一部を手元に残せるか
限定承認では不動産や「家宝」のような一部の不動産を(相当額を弁済することで)手元に残すことができます。これに対し相続放棄では「はじめから相続人ではない」とみなされるため、プラス・マイナスにかかわらず一切の相続財産を相続できません。
<限定承認と相続放棄の主な違い>
限定承認 | 相続放棄 | |
申請方法 | 相続人全員の共同申請 | 相続人それぞれの単独申請 |
相続手続への関与 | 最後(債務者への弁済・精算)まで | 相続放棄が認可された時点まで |
相続する財産の指定 | (相当額の弁済を条件に)可能 | 一切不可 |
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注意点
限定承認の利用にはいくつかの注意点があります。
①申請期間は3か月
限定承認をする場合、相続の開始を知った日から「3か月以内」に家庭裁判所で手続きをしなければなりません(この3か月を「熟慮期間」といいます)。相続財産の調査には時間がかかることが多いため、素早い意思決定と行動力が必要です。
②承認後も相続手続に関わる
すでに説明した通り、限定承認が認められても「最後まで」相続手続を行わなければなりません。これには相続開始から4か月以内に行う「準確定申告」や、被相続人の債務者への(プラスの財産の範囲内での)弁済も含まれます。
③公告手続が必要
限定承認が認められた場合、債務者にその旨を告知する「公告手続」が必要です。公告期間は「2か月以上」必要なため、通常の相続(単純承認)よりも時間と手間がかかります。
④相続財産の扱いに注意が必要
相続財産の一部または全部を処分すると「単純承認」とみなされ、限定承認は認められません。被相続人の口座から現金を引き出して生活費に充てた場合や、遺品整理などの際に財産の一部をうっかり廃棄してしまったような場合も「財産の処分」と見なされるため注意が必要です。
限定承認の手続きの流れ
限定承認を利用するには「申述」と呼ばれる申請手続きが必要です。
申述人
限定承認の申請(申述)ができるのは「相続人」です。相続人が一人しかいない場合は単独で申請することになりますが、複数の相続人がいる場合は全員が「共同で」申請しなければなりません。もし申請に同意しない相続人がいる場合、限定承認の利用は不可能です。
ただし相続人の中に「相続放棄」している人がいる場合、その人は相続開始時にさかのぼって相続人ではないとみなされるため、限定承認の申請に含める必要はありません。
申述先
申請を行う場所は「被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所」です。申請者の住所地が基準ではないことに注意してください。
必要書類と費用
申請には「申述書(家事審判申立書)」と添付書類が必要です。なお添付書類はすべての相続人に共通するものと、相続人の種類に応じて追加するものがあります(以下の表を参考にしてください)。
- 申述書(裁判所WEBサイト『相続の限定承認の申述書』よりダウンロードできます)
- 添付書類
共通 | ・被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本など ・相続人全員の戸籍謄本 ・被相続人の子で死亡している人がいる場合、その子の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本など ・相続人全員の住民票又は戸籍附票 ・遺産に関する証明書(不動産登記事項証明書及び固定資産評価証明書、預貯金通帳の写し又は残高証明書、有価証券写しなど) |
相続人が配偶者と直系尊属 | ・被相続人の直系尊属で死亡している人がいる場合、その直系尊属の死亡の記載のある戸籍謄本など |
相続人が配偶者のみ、または配偶者と兄弟姉妹 | ・被相続人の父母の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本など ・被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍謄本など ・被相続人の兄弟姉妹で死亡している人がいる場合、その兄弟姉妹の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本など ・おいめい(代襲者)で死亡している人がいる場合、そのおいめいの死亡の記載のある戸籍謄本など |
- 手数料(収入印紙800円分)
- 連絡用の郵便切手(800円程度 ※家庭裁判所によって異なる)
申述期間
申述期間は「相続の開始があったことを知ったときから3か月以内」です。もしこの期間内に限定承認の手続きをしなければ、自動的に単純承認を選んだことになってしまいます。
なお限定承認は相続人全員で行うため、何らかの事情で相続人ごとに「相続の開始」を知るタイミングが異なる場合(たとえば海外旅行中だったなど)、最後に相続の開始を知った相続人を基準に3か月の期間を起算します。
もし3か月以内に財産調査をしても限定相続すべきかどうか判断できる資料が集まらない場合、相続人は家庭裁判所に「相続の承認又は放棄の期間の伸長」を申し立てることが可能です。
手続きの流れ
限定承認の流れは以下の通りです。
①財産調査
限定承認すべきかどうかを判断するため、プラスの財産とマイナスの財産をすべて細かく調査します。財産調査の具体的な方法については『相続発生後の財産調査はどうすればいい?財産ごとの調査手順について解説』をご覧ください。
②限定承認の申述
限定承認が必要と判断した場合、相続の開始を知ったときから3か月以内に「限定承認の申述」を行います。限定承認の申述は相続人全員が共同で、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所で行います。
③官報公告
家庭裁判所に申述書を受理されたら、5日以内(相続財産管理人が選任された場合は10日以内)に官報上で「限定承認の申述をしたこと」と「債権者が一定の期間内(2か月以上)に申し出るよう要求する」内容の公告を行います。なお官報掲載料は4万円前後になるのが一般的です。
④先買権の行使
先買権(さきがいけん)とは、弁済と引き換えに特定の相続財産を取得する手続きです。相続財産の中に手元に残しておきたい財産(たとえば自宅など)がある場合は、家庭裁判所が選任した鑑定人の提示する評価額を支払ってその財産を相続します。
⑤弁済
官報公告で告知した期間が経過したら、債権者に弁済を行います。弁済は先取特権や抵当権を持つ債権者が優先です。その後に他の債務者への弁済を行いますが、もしプラスの財産よりもマイナスの財産の方が多い(相続財産の範囲内で完済できない)場合、債務額の割合に応じてそれぞれの債務者に弁済します。
⑥相続
弁済を終えても財産が残っている場合、相続人同士の話し合い(遺産分割協議)でそれぞれの相続分を決め、相続を行います。
限定承認のメリット・デメリット
限定承認にはいくつものメリットとデメリットがあります。それぞれを比較検討したうえで申請するかどうかを判断してください。
メリット
①借金を相続することがない
相続財産の中に多額の借金などが含まれていても、返済義務を追うのはプラスの財産の範囲内です。仮に借金の方がプラスの財産より多くても、自分の個人資産を持ち出して返済する必要はありません。もちろん借金を完済した後に財産が残ればそれを相続できます。
②先買権を行使できる
マイナス財産が多い場合はプラスの財産を売却して返済に充てますが、その際に自宅や自社株といった「他人の手に渡って欲しくない財産」がある場合、それを(優先的に)買い取ることができます。
③他の相続人とトラブルになりにくい
限定承認はすべての相続人が共同で行うため、限定承認したことで他の相続人とトラブルになる可能性はほとんどありません(これに対し相続放棄では次の順位の相続人に相続権が移るため、トラブルの原因となる可能性があります)。
デメリット
①相続人全員の同意が必要
相続人が複数の場合、限定承認を単独で行うことはできません。もしひとりでも限定承認に反対する相続人がいれば手続きは不可能です。
②手続きの難易度が高い
限定承認は家庭裁判所に申請すれば終わり、ではありません。官報への公告掲載をはじめ、マイナス財産の弁済や先買権の行使など必要に応じてさまざまな手続きを行う必要があります。
③譲渡所得税が課税されることがある
相続財産の中に不動産が含まれる場合、「譲渡所得税」という税金が発生することがあります。これに関連して、相続開始から4か月以内の「準確定申告」も必要です。
限定承認を利用すべき人とは
限定承認は便利な制度ですが、すべての相続人におすすめの制度ではありません。主に以下の条件に当てはまる場合は利用を検討すると良いでしょう。
①プラスの財産とマイナスの財産の内訳が不明
財産調査をしてもすべての財産を把握しきれない場合(特にマイナスの財産について調査しきれない場合)は、限定承認が安心です。
②手元に残したい財産がある場合
自宅や自社株など他人の手に渡って欲しくない財産があれば、限定承認がおすすめです(特に相続したい財産がない場合は、相続放棄の方が簡単です)。
③他の相続人とトラブルを起こしたくない場合
限定承認は相続放棄のように「相続権が別の相続人に移る」ことがありません。このため相続人同士のトラブルに発展する可能性は少ないといえます。
まとめ
限定承認は相続放棄と同じく、相続財産の中にマイナスの財産が多い場合に有効な制度です。限定承認と相続放棄はそれぞれ一長一短なので、今回の記事や相続放棄に関する記事を参考にしながら制度の利用を検討してみてください。