父親が亡くなって母親(配偶者)と子供たちが相続人になった場合、自宅を含むすべての遺産を母親に相続させるには、どのような手続きをすれば良いでしょうか?この記事では遺産分割協議書を利用する方法を中心に、母にすべての遺産を相続させる手順と注意点について説明します。
母にすべての遺産を相続させるには
母親と子供が相続人になる場合、法律上は母親が遺産の半分(2分の1)を相続し、残りの半分を子供たちが均等に分けて相続することになります。ただしこれはあくまで民法の原則であって、実際には母親(もしくは子供たち)がすべての遺産を相続することも少なくありません。
関連記事:『父の遺産は母が独り占めできる?予想されるトラブルへの対処方法について解説』
遺産分割協議書の作成がベスト
すべての遺産を母親に相続させる方法として、もっともスムーズなのは遺産分割協議書による指定です。相続人全員(母親と子供たち)が遺産分割協議で話し合い、「母親が遺産を相続する」という内容で合意したうえでその内容を書面にまとめます。
全員が納得していれば協議もスムーズに運ぶため、できるだけ早いタイミングで遺産分割協議書を作成しておくと良いでしょう。
相続放棄の利用はリスクが高い
別の方法としては相続放棄の利用が考えられます。具体的には子供たち全員が相続放棄をすることにより、母親にすべての遺産を集中させるという手法です。
ただしこの方法には大きなリスクがあります。なぜなら相続放棄をすると「はじめから相続人ではなかった」ことになり、相続権が次順位の相続人にスライドしてしまうからです。
ちなみに法定相続人の相続順位は次の通りです。
被相続人の配偶者 | 常に相続人 |
被相続人の子(子が亡くなっている場合は孫など直系卑属) | 第1位 |
被相続人の直系尊属(父母、祖父母などのうち被相続人に近い人) | 第2位 |
被相続人の兄弟姉妹(兄弟姉妹が亡くなっている場合はおい・めい) |
第3位 |
被相続人の配偶者は常に相続人なので、母(配偶者)と子がいる場合はどちらも同順位の相続人として扱われます。しかしもし子が全員相続放棄すれば第2位、あるいは第3位の相続人に相続権が移るため、結局のところ母親にすべての遺産を集中させることはできません。それどころか、遺産が家庭外に流出してしまう結果になるでしょう。
相続放棄によって母親に相続権を集中させることができるのは、あくまで第2位以下の相続人が存在しない場合のみです。
母にすべて相続させる遺産分割協議書の書き方
遺産分割協議書の書き方に厳密な決まりはありません。少なくとも以下の内容が明確に記載され、相続人全員の署名捺印があれば有効です。
- 被相続人の氏名、住所、死亡年月日
- 相続人の氏名と被相続人との関係
- 相続財産の内容
- 相続人ごとに相続する財産の指定
- 相続人全員が合意している旨
- 作成年月日
- 相続人全員の氏名(署名)、住所、捺印
ここで問題となるのは、「母親にすべてを相続させる」際の財産指定の方法です。
個別の財産ごとに指定する
遺産分割協議の段階で遺産の内訳がすべて判明しているなら、そのひとつ一つについて「○○(母親の名前)が相続する」と記載します。遺産の中に不動産が含まれる場合、土地や建物の住所、面積、家屋番号なども詳細に記載しなければなりません。
もし遺産分割協議後に新たな財産が見つかる可能性があるなら、そのような財産についても「後日に判明した財産」などの項目を作ったうえで「○○(母親の名前)が相続する」としたり、「際協議する」などとしておくことができます。
全財産を一括して指定する
一方、遺産分割協議の段階で財産調査が進んでいない場合は、「一切の遺産を○○(母親の名前)が相続する」とすることができます。ただしこのような包括的な指定だとマイナス財産もまとめて母親が相続することになるため、それを避けたいのであれば(マイナス財産は子供たちが引き受けるのであれば)、その旨を記載します。
遺産分割協議書を作成する際の注意点
遺産分割協議書は相続登記や銀行での相続手続(口座の払い戻し)などの際に必要となります。内容に不備があるとこれらの手続きが遅れてしまうため、スムーズな遺産相続のためにも間違いのない書類作りが必要です。
なお自分たちで完璧な書類を作り上げる自信がなければ、行政書士などの専門家に依頼して作成してもらうと安心でしょう。
関連記事:『行政書士に遺産分割協議書作成を依頼するといくらかかる?費用相場について解説』
相続人全員の参加と同意が必要
遺産分割協議(遺産分割協議書の作成)の大原則は「全員参加・全員同意」です。相続権を有する相続人が全員集まって話し合い、全員が内容に同意したうえで書類を作成します。もし相続人の一人でも欠けたまま遺産分割協議書を作成しても、それは無効です。
この原則は「母親にすべての遺産を相続させる」場合も例外ではありません。たとえ子が財産を受け取るつもりがなくても、相続放棄をしている場合を除いて遺産分割協議に参加し、署名捺印をする必要があります。
なお遺産分割協議の後に(隠し子など)新たな相続人が現れ、再協議するという手間を避けたいのであれば、事前の相続人調査を慎重に行ってください。
遺産分割協議には判断能力が必要
遺産分割協議を有効に成立させるには、参加する相続人が正常な判断能力を持っている必要があります。もし相続人の中に重度の認知症や、知的障害、精神疾患を患っている人がいるなら、その人は協議に参加することができません(そのような状態で作成した遺産分割協議書は無効です)。また18歳未満の未成年者も同様に、単独で遺産分割協議に参加することはできません。
ただしそのような場合でも「全員参加・全員同意」が大原則となるため、判断能力に制限のある相続人がいる場合、成年後見制度(未成年者の場合は未成年後見制度)を利用し、成年後見人や未成年後見人が本人の代理として遺産分割協議に参加します。
特別代理人が必要なことも
遺産分割協議に参加する子供が未成年であれば、法定代理人(未成年後見人)が必要です。相続以外の一般的な手続きでは親権者が未成年後見人になることも多いのですが、仮に母親と子供が相続人になった場合、母が子を代理すると利益相反になります。相続人が認知症や精神疾患などを患っている場合も同様で、共同相続人の誰かが別の相続人の相続人法定代理人(成年後見人)になることはできません。
このような場合は家庭裁判所に申し出て、「特別代理人」を選出してもらう必要があります。
関連記事:『特別代理人が必要なケースとは?選任の手続きについても解説』
母にすべて相続させるメリット・デメリット
最後に、母親にすべての遺産を相続させることのメリット・デメリットを見てみましょう。
配偶者控除で節税になる
まずメリットとなるのは相続税の「配偶者控除」です。相続税は相続財産の額が「3,000万円 +( 600万円 × 法定相続人の数 )」という基礎控除額を超えた場合に課税されますが、被相続人の配偶者が相続人となる場合は「1億6,000万円または全遺産の半分」まで課税が免除されます。
ただし配偶者控除の特例を受けるには、戸籍に記載された夫婦であることが必要です。事実婚や内縁関係にある夫婦は特例を利用できないため注意してください。
二次相続で相続税が高額になる
最初の相続(一次相続)の際に相続税の配偶者控除を利用して相続税を抑えても、その配偶者が亡くなった際の二次相続では(一次相続で母と子が均等に相続した場合と比べて)相続税のトータルが高額になってしまうことがあります。これがデメリットです。
配偶者居住権
二次相続のデメリットを解消するための助けとなるのが「配偶者居住権」です。これは建物の権利を所有権と居住権に分け(従来は所有権のみ)、被相続人の配偶者が自宅を相続しやすくする制度で、令和2年 4月1日に新設されました。
厳密にいえば、配偶者居住権は「母親にすべて相続させる」制度ではありません。むしろ「所有権は子供が持ち、居住権は母親が持つ」という形に相続を分散するために利用されます。このようにしておけば、二次相続が発生しても(建物の所有権は一次相続の時点で子供が持っているため)新たな相続税が課税されることはありません。
まとめ
母親にすべての遺産を相続させたい場合、遺産分割協議書でそのように指定するのがベストです。遺産分割協議の注意点と、母親がすべてを相続するメリット・デメリットをよく考えながら相続手続を進めるようにしましょう。
行政書士・富樫眞一事務所では、横浜及びその周辺地域(神奈川、東京、埼玉、千葉)で上記遺産相続問題でお悩みの方に適切な解決策をアドバイスさせて頂きます。
どうぞ行政書士・富樫眞一事務所にお問い合わせください。