遺産を無条件で相続する「単純承認」は、相続手続の最も基本的な形です。この記事では他の相続形式との比較や、単純承認が成立する要件などについてわかりやすく解説します。
単純承認とは
単純承認とは、被相続人の財産を無条件で相続することです。ここでいう「財産」には、現金や預金、有価証券、動産、不動産など「プラスの財産」に加え、借金や未払金、さらには連帯保証人の債務といった「マイナスの財産」も含まれます。
民法第920条には、単純承認の効果についてこのように規定されています。
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。 |
権利だけでなく義務も引き継ぐため、被相続人が生前に借金をしていたり支払うべきお金を払っていなかった場合は、相続人が「お金を返済しなければならない」という義務を負うということです。
つまりプラスの財産もマイナスの財産も、すべてまとめて引き継ぐのが単純承認です。な単純承認以外の相続方法としては「限定承認」と「相続放棄」が挙げられます。
限定承認との違い
限定承認とは、相続財産にプラスの財産とマイナスの財産がどちらも存在する場合に「プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を相続する」ことです。
単純承認が無条件で財産を受け入れるのに対し、限定承認はプラスの財産とマイナスの財産を相殺して、結果がプラスになった場合に財産を受け入れます。一方、最終的に財産がマイナスになってもマイナス分を相続することはありません。
非常に有利な制度に思える限定承認ですが、家庭裁判所への事前手続きに手間がかかります。特に「相続人全員が共同で」申請する必要があるため、相続人の中に一人でも反対する人がいれば利用できない相続方法です。
限定承認について詳しく知りたい場合は、『限定承認とはどのような手続き?相続放棄との違いや手続きの流れについて解説』もご覧ください。
相続放棄との違い
相続放棄とは、プラスの財産もマイナスの財産もすべてひっくるめて「相続しない」ことです。一切の財産や権利義務を放棄するため、相続放棄が認められると相続発生時にさかのぼって「相続人ではなかった」とみなされます。
相続放棄は限定承認と違い、相続人が単独で家庭裁判所に申述(申請)します。認められれば相続人ではなくなるため、その後の相続手続には一切関わりません。借金などを相続してしまうリスクも煩雑な相続手続からも解放されることが、最大のメリットといえそうです。
一方で、もし最終的にプラスの財産の方が多くてもそれを相続することはできませんし、「自宅」など特定の財産を手元に残しておくこともできません。また相続放棄した人の相続分(借金を含む)は他の相続人に行ってしまうため、親族とのトラブルに発展するリスクもあります。
相続放棄についての詳しい内容は『相続放棄すべきケースとは?相続放棄の申述方法についても解説』をご覧ください。
単純承認の成立要件
最も基本的な相続方法である単純承認は、どのような場合に成立するのでしょうか?
特別な意思表示は不要
「承認」という言葉が付いていますが、実は単純承認に特別な意思表示や手続きなどは必要ありません。相続方法は3つしかないため、他の2つ(限定承認、相続放棄)を選ばなければ自動的に単純承認となります。
これに対し限定承認と相続放棄には手続きが必要です。どちらも「相続の開始を知った日から3か月以内」に家庭裁判所で申述することで成立するため、これらの手続きをしないまま3か月間(「熟慮期間」といいます)が過ぎたタイミングで「単純承認の成立」となります。
ただし上記の熟慮期間中であっても、相続人が「ある行動」をすることで自動的に単純承認となる「法定単純承認」という制度もあります。
法定単純承認①:相続財産の受け取り
法定単純承認が成立する要件のひとつが「相続財産の受け取り」です。たとえば「形見分け」として高価な財産を受け取ってしまうと、その時点で単純承認したものとみなされます。
なお「高価な財産」の程度についてはっきりした基準はありません。過去の判例では「背広上下、冬オーバー、スプリングコート、位牌」を受け取った行為は単純承認に該当しないとされる一方で、「スーツ、毛皮、コート、靴、絨毯など財産的価値を有する遺品のほとんど全てを自宅に持ち帰る行為」は単純承認にあたるとしています。
法定単純承認②:相続財産の処分
処分という行為には広い意味があります。厳密には①で紹介した「形見分けを受け取る行為」や、このあと③で紹介する「隠匿・消費」も処分と言えるでしょう。
いずれにしても被相続人の財産を自分の財産と同等に扱う行為、たとえば勝手に売却したり、廃棄したり、被相続人名義の口座から預金を引き出して生活費の支払いに充てるような行為はすべて「相続財産を処分」することとなり、その時点で単純承認とみなされます。
一方、過去の判例では被相続人の財産から「葬儀費用」や「仏壇・墓石の購入費」を出す行為について「その額が社会的通念上、相当額として認められる限り」処分にあたらないとしています。ただし「相当額」の基準は明らかになっていないため、こうした費用を支払う際は十分に注意が必要です。
法定単純承認③:相続財産の隠匿・消費
相続財産の一部を故意に隠した場合、それが仮に限定承認や相続放棄をした後に見つかった場合でも「単純承認」とみなされます(限定承認や相続放棄は無効となります)。
隠匿という行為は他の相続人や被相続人の債務者に対する背信行為となるため、そのような相続人を限定承認や相続放棄によって保護する必要はないということです。
単純承認後の相続放棄について
単純承認が成立(相続の開始を知った日から3か月が経過、もしくは法定単純承認が成立)すると、その後は限定承認や相続放棄の手続きを行えなくなります。
しかし「3か月以上経ってから『知らなかった借金』が出てきた」ような場合にも相続放棄ができないのでは、相続人にとっては酷な話です。
実は一定の条件を満たした相続人については、例外的に相続放棄を認められる可能性があります。その条件とは、以下の3つです。
①遺産が存在しないと信じていた
②財産調査が著しく困難な事情があった
③相続財産がないと信じたことに相当な理由がある
※それぞれの詳しい内容については『知らなかった借金が出てきた場合の対処方法は?相続放棄期間の延長は可能?』で解説しています。
もちろん、これらの条件をすべて満たしてそれを証明するのは非常に困難です。もし単純承認後の相続放棄を検討するのであれば、弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。
無自覚のまま単純承認しないために
相続手続で注意しなければいけないのは、まったく無自覚のまま法定単純承認にあたる行為をしてしまうことです。このリスクをできるだけ避けるためにも、以下の点に注意するようにしましょう。
財産調査を念入りに行う
財産調査は相続手続の基本です。プラスの財産・マイナスの財産を調査するのはもちろん、それぞれの財産の「価値」も把握しなければなりません。そうすることで「(形見分けと称して)うっかり受け取ってしまう」「(ゴミだと判断して)うっかり捨ててしまう」という事故防げます。
保管中の財産は注意して扱う
相続人を代表して被相続人の財産を管理する場合は、自分の財産としっかり分けておくことが必要です。仮に「葬儀代」として被相続人の預金を引き出した場合も、支払いの明細をきちんと収集・保管しておくとともに、あまったお金を厳重に管理する必要があります。
相続放棄の意思決定はなるべく早く
相続手続に関わる限り、法定単純承認をしてしまうリスクはつきまといます。また相続開始を知った日から3か月が経過すれば自動的に単純承認となってしまいます。相続放棄を行うかどうかの意思決定はなるべく早く行い、手続きを済ませてしまうのが安心です。
まとめ
単純承認は相続の基本形で、特別な手続きや意思表示は必要ありません。ただし単純承認するとマイナスの財産を含むすべての財産を無条件で相続することになるため、もし相続財産の中に多額の借金などががあるようなら、限定承認や相続放棄の手続きも検討してみてください。