遺産相続の中でも特に大きな割合を占めるのが「不動産」です。一方、不動産の所有権は、相続ではなく「時効」によって取得できるケースもあります。この記事では遺産相続と時効の関係、遺産に含まれる不動産を時効取得できるケースとできないケースなどについて解説します。
遺産相続と時効取得の関係
時効取得とは、時効の成立によって他人の所有物を自分の所有物にできる制度です。この他人の所有物には不動産も含まれています。
一方、不動産は遺産相続の花形ともいえる財産です。
しかし遺産相続の対象となる不動産は原則として時効取得できません。仮に時効取得ができるなら、他の相続人に遺産分割したくない不動産に居座り続けて「強引に自分のものにする」ことも許されてしまうからです。
そもそも時効とは?
時効とは「ある状態が一定期間継続した場合に、それが法律的に正当なものでなくても、その状態を法律上正当なものとする」ことをいいます。
たとえば「長年使い続けてきた他人のものが自分のものになる」「長年返済しなかった借金が消滅する」などはその一例です。ちなみに前者は取得時効、後者は消滅時効と呼ばれます。
時効の成立要件
時効が成立するにはいくつかの条件があります。まず時効について定めた民法162条には、次のように規定されています。
1.二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2.十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
1項には「所有の意思を持って」「平穏かつ公然と」「他人のものを占有する」という3つの要件があります。
このうち所有の意思とは「自分が所有している」という意思があること、平穏かつ公然とは脅迫や暴力を使わず秘密にもしていないこと、他人のものを占有するとは「他人の所有物」を保有し使用していることです。これらの条件を「20年間」継続すると、時効が成立します。
2項では、1項の条件に「占有の開始時に善意で過失がない」という条件が追加されています。民法でいう善意とは「知らない」こと、過失がないとは「咎められる点がない」ことです。
他人のものであることを知らず、それを知らなかったことに咎められる点がない、つまりきちんと調べたのに、他人のものである証拠が見つからなかった(他人のものであることを知らなかった)場合は「10年間」の占有で時効が成立します。
時効取得には主張が必要
時効が成立しただけでは、所有権は取得できません。時効を取得するには「時効の援用」といって、「時効が完成したので自分が所有者になる」という主張が必要です。
時効取得後は登記が必要
不動産を時効取得した場合は「不動産登記」も必要です。時効を取得したからといって不動産登記の名義が自動で変わるわけではないからです。
なお通常の遺産相続による不動産登記では原則として相続人全員の同意が必要ですが、時効取得にともなう裁判所の命令があれば、その不動産を単独で登記できます。
「所有の意思」の判断がカギ
時効取得の3つの要件について説明しましたが、その中でもっとも重要なポイントは「所有の意思を持っているかどうか」です。人の内心を正確に読み取ることはできないものの、少なくとも占有の開始原因や状況証拠から「所有の意思があった」と認められれば時効取得の可能性は高まります。
不動産を時効取得できないケース
先に「遺産相続の対象となる不動産は原則として時効取得できない」と説明しましたが、その理由も「所有の意思」と関係しています。
不動産を含む遺産は、相続の発生から遺産分割を行うまで他の相続人と法定相続分の割合で共有している状態です。たとえ亡くなった親の代から「親一人子一人」で暮らし、現在は単独で住んでいる家であっても、いったんは共有状態になります。
この場合、現在この家に住んでいる相続人には「不動産全体に所有の意思がある」とは認められません。仮に本人がそのつもりでも、遺産分割前の不動産が共有であることは明確だからです。その相続人は、共有不動産を単独で利用しているにすぎません。
つまり遺産分割協議をしないまま20年間以上暮らし続けたとしても、その家に対して時効取得が認められることはないのです。
不動産を時効取得できるケース
一方で相続対象の不動産に所有の意思が認められる(時効取得が認められる)場合もあります。「長年にわたり相続登記がされていない不動産」をめぐるケースです。
たとえば「自分の父親が祖父から相続した家」を相続したとします。父親が亡くなって自分以外に親の法定相続人がいない場合、当然その家は自分が相続するものだと考えるでしょう。
しかし父親が相続登記をしていなければ家の名義は「祖父」のままですから、祖父の法定相続人が家の共有持分を主張してくる可能性があります。
このとき、自分が父親の不動産を単独で引き継いでいると信じ、固定資産税などの費用もすべて負担してきたなどの事情があれば「所有の意思」を認めることが可能です(実際に父親が祖父から単独で不動産を相続していたかどうかではなく「自分」がどう認識していたかが重要)。
ちなみに現在は相続登記が義務化されていないため、上記のような問題が発生するケースが多々ありました。しかし2021年4月に相続登記を義務化する法案が成立し、2024年までに施行されることになっています。今後、相続登記の不備をめぐる問題は次第に減少していくことでしょう。
時効成立から相続登記までの手順
時効が成立しても、自動的に所有権が移るわけではありません。民法145条にはこのように規定されています。
時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
援用とは「ある事実を主張すること」です。つまり「時効が成立した」ことを本人が主張しなければ、時効取得の効力は発生しません。
時効の成立から不動産の相続登記までの手順は以下の通りです。
- 時効が成立する(所有の意思を持って10年もしくは20年間、平穏・公然と利用し続ける)
- 時効の援用を主張する(時効を援用する旨を不動産の名義人に書面で通知する、など)
- 不動産の登録名義を変更する
このうち③の手続には原則として現在の名義人の協力が必要です。しかし現実問題として、突然所有権を主張してきた相手に協力してくれる人はまれでしょう。多くの場合は民事訴訟を起こして、裁判の中で時効の成立と登記の移転を主張することになります。裁判で主張が認められれば、単独での名義変更が可能です。
不動産所有権以外の時効取得
遺産相続と関連する時効取得は、不動産の「所有権」ばかりではありません。他にも以下のような権利が時効取得の対象となり得ます。
- 賃借権…賃料を支払い、他人の土地や建物を利用する権利
- 地上権…工作物のために他人の土地を利用する権利(鉄道の高架、地下鉄のトンネルなどが典型)
- 地役権…一定の目的のために他人の土地を利用する権利(自分の土地から公道までの「私道」として利用するなど)
- 永小作権…小作料を支払い、他人の土地で農作や牧畜をする権利
これらの権利を時効取得する場合も、所有権の場合と同じ条件を満たすことが必要です。
時効取得した相続不動産にかかる税金
一般に、遺産相続した不動産は相続税の対象になります。しかし時効によって取得した不動産の場合は「一時所得」として、相続税の対象となるため注意が必要です。
この場合の一時所得は、次のように計算します。
時効取得した不動産の時価 ー(時効取得にかかった費用+50万円までの特別控除)
相続税の課税対象となるのは、上記の式で計算した一時所得の「二分の一」です。
まとめ
遺産相続の対象となる不動産は原則として時効取得できませんが、条件次第では時効が成立するケースもあります。現在、あるいは近い将来に時効取得が問題になりそうな不動産がある場合は、専門家とも相談しながらしっかり対策を立てるようにしましょう。