【事例】母が認知症を発症しており、父に相続が発生したら遺産分割が難しいときています。父の生前にできることはないでしょうか?
【遺産分割協議と成年後見制度】
認知症の方に、意思能力がない場合は少なくありません。もし、そのまま相続が開始すると、意志無能力者は、遺産分割協議ができないため、成年後見制度を利用することになるのが一般的です。成年後見人が選任されると、本人に代わって成年後見人と遺産分割をすることとなります。成年後見人には善良な管理者の注意義務があるため、遺産の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他の一切の事情を考慮しつつ本人の法定相続分に配慮した遺産分割になります。
したがって、次にあげるような生前対策が有効になってくると考えられます。
【遺産分割協議と成年後見制度】
(1)遺言の活用
まず、考えられる方法として、遺言があります。遺言があれば、遺産分割協議を経ることなく、遺言者の意思をそのまま反映させることが可能です。相続人には「遺留分」という、遺言によっても奪うことができない権利がありますが、相続人が遺留分侵害額請求をしない限り、相続人の遺留分を侵害する遺言も有効です。相続人のうち、遺産分割協議ができない者がいる場合の有効な手段の一つです。
(2)生前贈与の活用
認知症以外の推定相続人に対して、生前贈与も有効手段のうちの一つです。以前は贈与税が高かったため、生前の対策としては敬遠されていました。しかし、65歳以上の親が、20歳以上の子に贈与する場合、平成15年に創設された相続時精算課税制度を使えば、以前のような高い贈与税をふたんすることなく、親子間の財産シフトが可能となります。意思表示ができない者を除いて、贈与者と受贈者の契約で手続をすることができます。
上記(1)(2)の対策は、遺産分割協議ができないことへの対策です。後日、トラブルにならないためには、認知症の方の介護、日常の世話を誰が行うか、それを行った者への金銭的、精神的、時間的負担や貢献度をどうとらえるか、及び他の相続人との公平という観点も併せて考慮する必要があると思われます。
【相続時精算課税贈与】
財産価格の合計額が特別控除額2500万円に達するまでは贈与税はかかりません。そして、贈与財産価格の合計額が2500万円を超えた時から、その超過部分について一律20%の税率で計算した贈与税がかかります。
行方不明中の相続の開始
【事例】相続人の一人が現在、行方不明となっている状況で、父の相続が発生した。どのような対応をすればよいのか?
【失踪宣告】 行方不明の相続人の死亡が確定していない以上、このまま相続が発生した場合、行方不明者は相続人になりますが、遺産分割をすることはできません。 このような状況でかんがえるべきは、行方不明者が7年間不明であれば、7年の期間が満了した時に死亡したとみなす失踪宣告の手続を家庭裁判所へ請求する方法です。失踪宣告がされると当該行方不明者は死亡犠牲されるため、相続では、当該行方不明者は父よりも先に死亡したことになります。このような状況で、通常の相続が発生します。
【不在者財産管理人の選任】 もう一つの方法は、当該行方不明者の不在者財産管理人を家庭裁判所へ請求する方法です。当該行方不明者は、相続人ですが、当該行方不明者に代わって不在者財産管理人が遺産分割協議をすることとなります。ただ、遺産分割協議は不在者財産管理人の財産管理保存権限を越える処分行為のため、遺産分割に関する家庭裁判所の権限外行為の許可が必要になります。
【行方不明者がいる場合の生前対策】 実務では、(1)の失踪宣告は事実認定が困難で、死亡犠牲という難しい判断をします。また、失踪宣告は親族の心情になじまない場合が多いので、(2)の不在者財産管理人の選任を選択することがほとんどです。ただ、不在者財産管理人を選任する場合でも、不在者財産管理人の選任と、権限外行為の許可の2回の家庭裁判所の審判が必要で、日数もかかります。さらに遺産分割の権限外行為の許可の判断基準となるのが、原則、不在者の法定相続分になりますので、他の相続人との均衡が難しい場合が出てきます。 以上から、行方不明の推定相続人がいる場合は、父の遺言を作成し、遺産分割をしなくても、スムーズな財産の移転ができるよう配慮しておくことが大切です。
遺言執行者
【事例】世話になった姉に自分の遺産を残すことを考えている。この場合、遺産執行人をつけたほうがよいのか
【対策】 相続人でない姉への財産承継は遺贈ですので、遺言執行が必要になります。 遺言執行者がいない遺言執行は、相続人全員でしなければなりません。しかし、相続人全員の協力が容易でない場合が少なくありませんので、遺言内容の実現が円滑にできなきなる恐れがあります。したがって、相続人全員の関与が不要となる遺言執行者の指定を、遺言書に併せて書いておくことが好ましいと思われます。 遺言執行者は、未成年者及び破産者を除き、誰でもなることができるので、遺贈を受ける者や相続人でもなることが可能です。また、一人でも複数でもかまいませんし、特定の遺言事項のみ遺言執行者をつけることも可能です。また、遺言執行者は、遺言で直接指定することもできますし、遺言で第三者を指定し、委任をすることも可能です。 今回のケースでは、遺言執行者はつけるべきだと思われます。誰を遺言執行者にするかについては、受遺者である姉にする場合、相続を専門とする弁護士、司法書士、行政書士、税理士等にする場合、今回の遺贈に理解のある相続人にする等いろいろな選択肢があります。 なお、民法の改正により、遺言執行者は、自己の責任で第三者にその任務を行わせることができると規定されましたので、受遺者である姉を遺言執行者に定めておき、遺言執行が複雑で姉がどうしても執行できない場合に、姉の責任において、第三者に遺言執行を行わせることはできます。