知的障害者の相続放棄は可能?成年後見制度や家族信託制度についても解説

内閣府の「令和3年版 障害者白書」によると、全国の知的障害者・知的障害児の数は 109万4千人に上ります。ではこれらの人たちが相続人になった場合、相続の手続きはどのように行えばよいのでしょうか?今回は特に「相続放棄」の手続きを中心に解説していきます。

 

知的障害者が相続放棄をするには

相続が発生した場合、たとえ相続人が知的障害者であっても相続財産を受け取る権利がありますし、相続放棄をする権利もあります。

しかし知的障害の程度は人によってさまざまで、中には本人が自ら相続放棄の意思決定(意思表示)をできないケースも少なくありません。

 

遺産相続手続には判断能力が必要

そもそも民法の規定によると、知的障害者による遺産相続・相続放棄の手続きは「無効」とされる可能性があります。

民法第3条の2

法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。


「意思能力」というのは、自分の行為の意味や結果を理解したうえで判断を行う能力のことです。重度の知的障害を持つ方にはこうした能力がないため、その人の行う法律行為は無効です。

ちなみに法律行為とは一定の法律効果を発生させる行為のことをいいます。たとえば不動産を購入すると、「所有権」という権利と「支払債務」という義務が発生します(つまり不動産の購入契約は法律行為です)。日常生活の中には他にも多くの法律行為が存在し、遺産相続に関する手続きもその例外ではありません。

もし知的障害の程度が一定以上に重い場合、たとえ表面的には本人が自分の意思や言葉で相続手続きをしているように見えてもその行為は無効です。これは他の相続人と一緒に行う遺産分割協議でも同じことで、その遺産分割協議自体が法律的に無効とされてしまいます。

 

知的障害者の相続放棄は成年後見人が行う

では知的障害者の人はどのように相続放棄(もしくは他の相続手続)を行えばよいのでしょうか?

民法では知的障害を持つ人や認知症になった人など、意思能力が欠ける人を支援するために「成年後見」という制度を用意しています。成年後見制度については詳しくは後ほど説明しますが、この制度によって「成年後見人」となった人が、知的障害を持つ人(成年被後見人)の代理人として相続放棄などの意思決定を行います。

ちなみに相続放棄ができる期間は原則として「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内(民法第915条第1項)」ですが、成年後見人が代理人として相続放棄を行う場合は次の通りです。

民法第917条

相続人が未成年者又は成年被後見人であるときは、第915条第1項の期間は、その法定代理人が未成年者又は成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時から起算する。


知的障害者の相続放棄が認められないケース

繰り返しになりますが、意思能力が欠けると認定されるほど知的障害の程度が重い場合、本人が自ら行う相続放棄は無効となります。

ただし「成年後見人」による相続放棄であっても、成年後見人が知的障害者と共同相続人になっている場合(たとえば親や兄弟など)は互いの利害が対立する「利益相反」という状態になるため、その成年後見人による相続放棄は認められません。

 

成年後見制度について

成年後見制度について、もう少し詳しく見ていきましょう。この制度は知的障害者をはじめ、認知症や精神障害などの影響で意思能力(判断能力)が低下している人を保護することを目的としています。たとえば相続関係の手続きとして遺産分割協議に参加したり相続放棄を行うような場合など、本人の意思能力の程度に応じて「代理」や「補助」する人を付けるのが成年後見制度の役割です。

 

成年後見制度の種類

ひとくちに成年後見制度といっても、実際には次の3種類の制度に分かれています。

  • 後見…「精神上の障害により判断能力を欠く状態」の人を「成年後見人」がサポートする
  • 保佐…「精神上の障害により判断能力が著しく不十分」の人を「保佐人」がサポートする
  • 補助…「精神上の障害により判断能力が不十分」な人を「補助人」がサポートする

このうち後見(成年後見)制度では、重度の知的障害などで判断能力がない、つまりすべてのことについて判断が不可能な人のための制度です。この制度では支援する側を成年後見人、支援される側知を成年被後見人といい、成年後見人は成年被後見人の代わりに契約や各種手続を行う(第利権)だけでなく、成年被後見人が単独で行った契約を取り消す(取消権)こともできます。

これに対し保佐制度の場合、保佐人が日常生活には問題ない程度の知的障害などを抱える人(被保佐人)が重要な契約を行う際に同意したり(同意権)、取り消したり(取消権)することが可能です。

補助制度は知的障害などの程度が軽い人のための制度で、補助人は被補助人がした法律行為の一部(借金や訴訟、相続関連の手続きなど)について同意権と取消権を持ちます。

 

成年後見人に選ばれる人とは?

成年後見人に特別な資格などは必要ありません。たとえば成年被後見人の家族や親族が成年後見人に選ばれることもあります。ただし「勝手に成年後見人になる」ことはできず、あくまで家庭裁判所による選任が必要です。

民法第7条

精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。


家庭裁判所に成年後見人の選任を請求できるのは、

  • 本人(成年被後見人)
  • 本人の配偶者
  • 4親等以内の親族

などです。また場合によっては市町村長や検察官が請求する場合もあります。

ちなみに上で「家族や親族が成年後見人に選ばれることもある」と書きましたが、あくまで決めるのは家庭裁判所です。実際には身内がいなかったり親族内でトラブルがあるといった理由から、弁護士や司法書士、行政書士といった士業が選ばれることが大半です。

なおいちど選ばれた成年後見人は簡単には解任できません。後見人に不正な行為や著しく後見人としてふさわしくない行為がある場合には家庭裁判所に解任を請求できますが、単に「気に入らないから」といった理由で解任することはできないため注意が必要です。

 

特別代理人について

すでに選任されている成年後見人と成年被後見人が特定の手続き(たとえば遺産分割協議や相続放棄など)で利益相反になる場合、その手続きに関して「特別代理人」を選任しなくてはなりません。

特別代理人を選任するのも家庭裁判所です。たとえば相続関連の手続きで特別代理人を選ぶ場合、その相続の当事者以外の人が選任されます(一般の人でも専門家でも構いません)。選任された特別代理人は一定の手続きが終わった時点で役割を終えて、解任されます。

 

家族信託制度について

家族信託制度とは、自分の家族に財産の管理・処分を任せるための財産管理制度です。遺言書よりも柔軟な指定ができることから、近年ますます利用する方が増えています。

 

家族信託の目的

家族信託を利用すれば財産を持つ人が将来認知症になっても、本人に代わって家族(子供など)が財産を管理・処分できます。

こうした機能は成年後見制度と似ていますが、成年後見制度では必ずしも家族が成年後見人になれるとは限りません。また専門家が選任された場合は報酬が発生するため、少しでも財産を効率よく利用するための手段として家族信託が利用されています。

また家族信託は遺言書と同じように財産の承継先を指定できますが、「次の承継先」までしか指定できない遺言書とは違い、その次以降の承継先を決めておくことができるのも大きな特徴です。

なお家族信託は当事者(委託者と受託者)同士の契約などによって成立します(任意後見契約などとは違い、公的機関の証明を受ける必要はありません)。

 

知的障害者の相続は専門家を上手に活用しよう!

相続手続の多くは時間との勝負です。手続きによっては専門知識を必要とするものもあるため、一般の人でも苦労します。このため特に知的障害者の相続手続では、弁護士、司法書士、行政書士などの専門家に相談することをお勧めします。

専門家にはそれぞれ得意分野や各種条件(報酬の額など)が異なるため、相談先・依頼先を選ぶ際は『遺産相続は誰に頼むのがベター?各専門家の業務範囲や費用・注意点についても解説』の記事も参考にしてください。

 

まとめ

今回は知的障害者の相続放棄を中心に、成年後見制度や家族信託制度について説明しました。家族や身内に知的障害、認知症、精神障害などを抱える方がいる場合は、ぜひ今回の内容を参考にしながら相続対策を立てるようにしてください。

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